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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第195回 第161章 放送局時代の兄

 私に兄弟は兄ひとりしかいない。その説明をほとんどしてこなかったのでここで若干触れておきたい。兄こと浄一は就職した放送局のエリートコースに乗り、ニューヨークとロンドンの特派員を数年間務めていた。一時東京勤務をしていた期間に、何人もの有名人や芸能人とも会うことができた(ズルいぞ!)。
 少し脱線するが、この兄が札幌市内で取材先への移動のためにハイヤーに乗ったところ、俳優や歌手などを何度も運んでいるという運転手さんが業界の裏話を聞かせてくれた。スターたちと一緒に撮った写真のミニアルバムも見せてもらった。その後破綻したカップルやマスコミが勘付いていないらしき交際相手同士の笑顔も写っていた。ハリウッドの某スターたちも、目立ちやすい新千歳を外して他の複数の空港にプライベート・ジェットでお忍びで来ているのだそうである。そこで口説かれたある小さな町のラーメン屋は、高給を保証されて一家でアメリカに移住した。ロサンジェルスを見下ろす巨大邸内でいつでもその味のラーメンが食べられるようになったそのスター夫妻は、umaïndé naïkaï、と北海道弁ごっこをしながら、柔道場もの広さのキッチンで、道産子シェフ特製の熱々の丼の配膳を幼稚園児のように待つのであった。
 このドライバーさんは、今ラジオから流れてきた曲で思い出したんですが、と言って、ある筋肉・運動神経自慢のミュージシャングループの名前を出して、「うちら、あの人たちは困るんで、角が立たないようにしながら運送依頼は辞退してるんですよ。他のハイヤー会社もそうしてますよ。ところが、ダミーグループの名前を使って来てしまうことがあって、それでもこっちも長年やってますとね勘が働くというか、分かっちゃうんですよね、これが。それから、あるデュオのおふたりをホテルまで届けたときのことなんですけどね」などという、いつまでも下車せずにサロマ湖あたりまで耳を傾けていたい話が続いた。この運転手さんは、ところどころ基礎単語の発音を間違えてはいたが、英語が業務に支障のない水準で話せた。しかも中国語と韓国語の訓練中と話していた。感心な方である。

第162章 母とロンドン https://note.com/kayatan555/n/ndcc547848933 に続く。(全175章まであります)。

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