「湖水の夢」あとがき

たまには一次創作を解説してみるのも面白いかなと、先日Twitterに上げたこちらの話であとがきを書くことにしました。


今回の話のテーマはズバリ一言で「孤独」です。Twitterの方では少し呟きましたが、この話のキービジュアルが全てと言えば全てですね。「沈んだ町にひとり立ち、水面を見つめる」という絵です。作中でも同じフレーズが、少し形を変えながらですが3~4回出てきます。(早速余談ですが、主人公の「街」と水竜の「町」の差で、住んでいる(住んでいた)場所や時代の差異を表してもいるのですがそれはさておき(笑))
この情景は元々、コロナの影響で広告の無くなってしまった池袋の街を見て思いついたものなのですが、紆余曲折を経てファンタジー作品になりました。

さて、このイメージですが、

・沈んだ街→かつて人が居たけれど今はもう誰も居ない場所
・ひとり立つ→周囲には誰も居ない
・水面を見つめる→太陽の光(太陽の光の下には、人間を含む様々な命があるはず)を見つめる。もしくは手を伸ばす(まだ手は届かない)

という、絶望にも似た「喪失」と、なお失ったものを取り戻したいと願う「志向」を表しています。
それを閉ざす大きな壁になっているのは、概念としては「時の流れ」なのですが、作中ではそれを「水」というモチーフを壁として使って表したつもりです。他にも様々なキーワードを使用してはいますが、この中でも今日は「水」に注目して話をしていこうかなと思います。


この話の流れは大きく三章に分かれていて、主人公の眠りと目覚めによって場面が転換します。場面転換の前後の文って結構悩むので、今回は楽で良かったありがとう主人公!(笑)
勿論もう一つの大きなモチーフ「夢」を意識している所も多々あるのですが、主人公の意識の在り方の流れを「沈んでいるものが徐々に浮上していく」という形にしたかったという意図もあります。

一章:夢うつつ
二章:意識こそ明瞭になってきたが調子が狂っている
三章前半:まだ多少ぼんやりはしていても、大分いつもの調子を取り戻しつつある
三章後半:明瞭に今回の体験を考察している

とまぁこんな感じで、徐々にはっきりしていくような感じにすることを意識しています。身体の方も、「水の中の閉ざされた建物内→水中→地上」へと移動しています。正直、一章~二章前半は、読む側のプレッシャー凄いだろうなと思って書いていましたが……(笑)地の文の情景描写ばっかり。アレは自分で読み返しても重い! ってなります。
もっとも、主人公の意識がはっきりしてくるにつれて、水竜ではなく主人公自身の「孤独」が浮き彫りにされていくので、最後の最後にまた水底のイメージが出てくるわけなのですが。


水竜が隠棲の場所に選んだのが湖の底(森の奥深くにあるイメージ)と言うのも、当然ですがこれを意識しています。本当に人から離れたかったら、選ぶのはきっと海ですよね(笑)実は最初は海の底の話の予定で、題名も「海境にて」だったのですが、人界から遠すぎるなと思ってボツになりました。
水底に人家があるという不思議なビジュアルを描くことで擬似的に「沈んだ町」を再現しつつ、その人家には人の気配はすれど生活感がないと言う描写で、水の壁の中に自ら身を置きながらなお、「人であることを辞められない」水竜の哀しみを表しているつもりです。多分本人もそこは自覚していると思います。人から離れたのに、結局どこかで離れられない。そんな、どうしようもない呪いのような哀しみです。

見るからに面倒事に巻き込まれていそうな主人公を、半分は人間だと知った上で助けてしまいますしね。しかし、主人公が普通の人間や純血の竜人族であったなら多分彼は関わっては来なかったと思います。先ほどの主人公の身体の動きで言うと、「(地上→水底へ沈む→)水の中の閉ざされた建物内→水中→地上」という前置きがあるはずなので、血筋の上でも物理的にも、彼にとって主人公は越境してくる存在だったからこそ興味の対象になったのだと思います。

さて話を戻しますと、呪いのようなものだと理解していつつも、その「呪いの元になった遙か昔の経験」は、彼にとっては今なお否定できない大切なものなのでしょう。だからこそ彼は、竜の側にももう行けないのです。竜の側に行ってしまうのであれば、あの薬を使えば良いだけなんですよね。でもそれをした瞬間、自分は人間では無くて、人間にとっての上位存在になってしまう事がわかっているから出来ないのです。
勿論、ゆくゆく人間という種の在り方を変える可能性があると言うことは彼もわかっているので、竜でもあり人でもある主人公に研究結果を託すのですが……水竜も主人公も、そこまでの変革はきっと望まないだろうと思います。例えて言うならあの本は、どちらかと言えばこういう思いに近い。

「理解されないと知っていながらも理解していないことに怒り、ならば同じ傷を味わえば良いと呪いながら、そのような傷を負わせたくはないとも祈り、しかしいずれは似たような場所に辿り着き、異なる生き方を見せてくれるだろうという願望にも似た思いがある」

これは作中どこかで入れようと思ってボツにしたフレーズの一つなのですが、水竜があの本を渡すことで表現したかった一番の事柄は、この思いだったような気がします。怒りと諦観と労りと、そしてほんの微かな希望。主人公にもこの意図は伝わっていると思います。


話は主人公サイドに戻りますが、三章で彼が目覚めたとき、友人達(人間)が彼を覗き込んでいるのも一応意味があります。「水底を覗き込んでいる人間」ですね。主人公の側から見れば、近づくために見上げる水面ですが、人の側でもその水面を覗き込んで、近づこうとする者がいると言う感じです。見舞いに来ているので明かりもついていると思います(ただでさえ光量の少ない冬、もうそろそろ日が暮れるという時間なので)し、覗き込んでいるなら多少主人公の顔は影になっていると思います。擬似的ですが、水面を挟んで互いが見る風景のイメージです。
まぁ一番最後に顔を出す人物が(三人の中では皮肉屋な感じの彼です)、一番主人公の内面を察していそうな感じがする辺りもまた示唆的ですが。これは皮肉なんですけど、そう簡単に他人のことがわかる訳ないんですよね。たどり着ける訳がないのです。この友人について語り始めると実はとても長くなるので、ここでは一言、彼だけはいずれこの壁に肉薄してくるとだけ言って、これ以上触れないことにします。


最後に少しだけ小話をば。少し無理があるところもありますが、弁証法的な見方からこの話を見てみます。この話は大分竜側に寄っているので水ばかりになってはいるのですが、実は人間側の方の描写にだけ、「火」や「熱」を感じさせる表現を入れています。(水と火と後述の螺旋というイメージは錬金術的にも重要なものでもあったりするのですが、それはそれとして(笑))一番顕著なのは、今回の話のキービジュアルですね。「沈んだ街にひとり立ち、水面を見上げる」見上げた先には「人の世界」と「太陽」があるはずですから。
この世界にDNAというものがあるのかどうかは不明ですが、水竜と人間の血を持つ主人公は、水竜が期待したとおり、彼とは違った答えを得て異なった道を歩むことにはなるのだろうと思います。仮に主人公が今後世界に影響を及ぼせるような立場になれば、竜人族と人間の紡ぐ世界の形は、「変わる」という形で前に進んでいくのだと思います。
勿論、それ希望と捉えるか、時の流れの残酷さと感じるかは人それぞれではありますが……少なくとも今まで光の当たっていなかった「孤独」に、スポットライトが当たるのは間違いないでしょう。

「知る」「知ろうとする」と言うことは一つの救いになり得る。
水竜が望んだものであるとは限らないけれど、光は確かに、そこにあるのだと思います。

あとがきは以上です。本編からここまでお付き合い頂いた方、本当にありがとうございました!