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私のイノキ

昔々、私が小学生の頃、ユリ•ゲラーという人が流行った。

ユリ・ゲラーは超能力者でテレビの画面を通して超能力を送ってきて、私たちが手にしている金属製のスプーンを触れずに曲げたり、壊れた時計を動かしたりした。

うん、そうしたように思う。なんせ50年近く前のことだ。正確なことはGoogle先生に訊いてほしい。

私はその手の番組を見ながら、どれもこれもイカサマだと思っていたので、私の手にしていたスプーンは曲がらなかったし、逆上がりができない腕力のない私には物理的にもスプーンは曲がらなかった。

そのころ私は金曜夜8時にいつも見ている番組があった。

「ワールド•プロレスリング」である。

新日本プロレスを中継する番組であり、看板スターはもちろんアントニオ猪木である。

同時間帯は「太陽にほえろ!」が他局で放映されており、どちらも1972年からの放送であった。

私は1964年生まれであるから、私が小学校3年のころにどちらの番組も始まり、マカロニ刑事の時期は見ていなかったが、ジーパン刑事、すなわち松田優作の死に様の演技がおもしろいと学校で評判になった。

私には殿下もゴリさんもましてやボスである石原裕次郎の魅力が1ミリたりとも理解できなかったが、放課後に「太陽にほえろ!」ごっこをする同級生はいくぶん増えたように感じていた。

そのころ学校で真似をする話題は事欠かなかった。

男ならまず野球選手を真似、お調子者は志村けんを真似、女ならキャンディーズ、、、これを書き出すとキリがないのでこのへんにしておくが、このごっご遊びがある時からプロレス一色になる。

私の記憶の中では、ストロング小林戦、大木金太郎戦あたりからイノキに魅了されるようになって、タイガージェット・シンがサーベルを持って出てきた時は鳥肌が立った。

馬場の全日本プロレスも、場末感の強い国際プロレスも見てはいたが、イノキほどにテレビにのめり込むようにして見ることはなかった。

イノキは何よりレスラーとして美しい体型を維持していた。

技のキレも素晴らしい。

ずっと後になって延髄蹴りをいろんなレスラーが真似するようになったが、比べるまでもなくイノキほど美しく決める者はいまだにいない。

カンガルーキックにしても、バックドロップにしても、ジャーマン・ツープレックスにしても、、、。

小学生男子にとってイノキの技は真似しやすかった。

コブラツイストや卍固めは教室で立ったまま真似できた。

ドロップキックやバックドロップ、ラリアットなどは木の床の教室では危ない。

体育のマットでは担任が目を光らせているからそう簡単にできない。

立ち技を貴重だった。

同級生の家の畳では、インディアン・デスロック、腕ひしぎ十字固め、ボー・アンド・アローなどを親たちに見つからないように真似しては遊んだ。

プロレスの技は子どもは絶対真似してはいけないと言われていた。

ダメと言われたらやりたくなるのが子どもというものだ。

「太陽にほえろ!」から「ワールド・プロレスリング」に子どもたちの注目が完全に切り替わった決定的な事件ーーー、それは1976年6月26日の猪木対アリ戦だと思う。

同時に、あまりにも大人たちに酷評されたがために、イノキからもプロレスからも離れていった子どもたちも多かったように思う。私はそれからもずっとイノキとプロレスのファンであり続けた。

2002年、かなりの大人になった私は、イノキの本を作る機会に恵まれた。憧れの人、イノキが住むロサンゼルスのコンドミニアムまで行って取材し、用意した衣装を着てもらい、格闘家らしくないポーズである種のコスプレをして写真を撮り、イノキの言葉をイノキの一人称で私が書き、一冊の本を作った。

それは夢のような日々であったけれど、以後私はイノキと会うことはなくファンのひとりとして遠くから応援してきた。応援することによってイノキから元気を充填してもらっていた。

「燃える闘魂」とイノキを呼ぶが、その闘魂はテレビの画面や、ドームなどの大会場で遥か遠くのリングから私に送られているのがわかる。ユリ・ゲラーからは届かなかった超能力、しかしイノキからは超能力が届く。その超能力はスプーンどころではなく、私に生きる源を注いてくれる。

猪木寛治の肉体はついに滅びたが、アントニオ猪木が残した膨大な足跡はいつでも再生して見られる。動画を再生する環境にある限りアントニオ猪木は不滅であり、闘魂充填の永久機関がそこにある。そして2002年の取材最終日にサンタモニカのカフェテラスでイノキと交わした会話の記憶が私にある限り。

じつはここ数ヶ月、文章を書くというような、クリエイティブな源が絶えてしまったかのように私は感じていた。しかし猪木寛治の肉体の死によって私のクリエイティブの源はここに充填された。猪木からの超能力によってこの文章は生まれた。

ありがとうイノキ。

もしも、私の文章で<人生はそんなに悪くない>と思っていただけたら、とても嬉しいです。私も<人生はそんなに悪くない>と思っています。ご縁がありましたら、バトンをお繋ぎいただけますと、とても助かります。