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第7走者 杉本流「インサイドヘッドとドラえもんの精神分析」

川谷先生の「スピノザ・感情の模倣」から連想したものです。みなさんは下記の映画を御存知でしょうか?ディズニーアニメの中でも異色の作品だと思います。

・インサイドヘッド(ディズニー映画;2015年・アニメ)

ある女の子の「頭の中の5つの人格」(感情:ヨロコビ・カナシミ・イカリ・ムカムカ・ビビリ)を主人公としたお話ですが、記憶の成り立ち(記憶は感情によって書き換えられる)、無意識(幼児期の空想の仕組みや、二度と上がってこれない谷の底)、夢の仕組み(日常残渣と潜在意識)など精神医学的要素がたくさん含まれている映画です。これを幼稚園児・小学生が見てどれくらい理解できているのだろうと疑問には思うのですが、みんな楽しそうに見てますね。謎です。
映画の主題の一つは「悲しみとは、排除するものではなく抱えるもの」だと思われます。悲しい思い出があるから対比でうれしいこともある。悲しみと喜びは切り離せない。
19世紀のロマン哲学から生まれた「ネガティブケイパビリティ」と19世紀哲学者のキルケゴール著作「死に至る病」に通じるものがあります。不安や苦痛は、排除すべき敵ではなく抱えておくことのほうが大事であり、人が進むときの原動力となることもある、といった理論のことです。

ちなみに、続編の「思春期編」が近々公開されるそうです。「ヨロコビちゃん」の声優はどなたが担当するのかな。竹内結子さんのご冥福をお祈りします。

ディズニー映画の5感情からもう一つ連想したものがあります。日本の国民的アニメ、ドラえもんです。元々、恩師である長崎大学の今村明先生(現学科教授)が「ドラえもん5人格説」を診療中に引用しているのを思い出しました(教授には掲載の許可を取りました)。
一人のヒトの中にはいろんな個性があって、それはその日の気分や状態、相手との関係によっても変わる。例えばドラえもんの主要キャラ5人のように、です。長所と短所が分かりやすいキャラ達ですので、まとめてみました。

ドラえもん
長所:お人好し・世話好き・和を大事にする  短所;おっちょこちょい・盲信的
のび太
長所:楽天的・優しい・思いやりがある    短所:先延ばし癖・臆病・卑屈
ジャイアン
長所:男気がある・仲間思い・曲がったことが嫌い 短所:せっかち・ルールの押し付け
スネ夫
長所:要領がいい・切り替えが早い・合理的  短所;意地悪・屁理屈
しずかちゃん
長所:注意深い・他者尊重・謙虚  短所:頑固・保守的・潔癖

ただし、これはただの性格診断とは少し違います。もちろん生来の性格もあるのですが「今週はのび太君が強く出てたね」「スネ夫みたいな良いところが出てきたね」といった感じで使います。どれが一番いいというわけではなく、それぞれに長所短所があってそんな自分と上手く付き合っていこうというお話になります。大事なのは、一人の人間に円グラフの様に存在している、という考え方です。凸凹がある、個性がある、特徴がある、そんな生き方を認めるということです。

ところが、今作の映画ではこの前提が崩れます。数あるドラえもん映画作の中でも、群を抜いて精神分析的な内容となっていると思います。ネタバレ問題なければ次へどうぞ。





・映画ドラえもん「のびたと空の理想郷(ユートピア)」(映画:2023年・アニメ)

のび太たち5人が冒険によって見つけた空の島。そこで一定期間教育を受けて過ごすと「パーフェクト(完璧)な小学生」になれると聞いて、4人とも喜んで参加します。それぞれ自分の欠点にコンプレックスを持っていて、それを治せると聞いて嬉しかったようです。あ、ドラえもんは変われません。ロボットですから。

ドラえもんの(のび太の)動機のほとんどは夢、というか快楽・欲望です。
「魔法が使えたら宿題しなくていいのに」→のび太の魔界大冒険
「恐竜の化石を見つけて皆に自慢したい」→のび太の恐竜
などなど。
困り果てたのび太に努力の大事さを伝えながらも「しょうがないなあ、のび太君は」といいながら毎回助けてしまう世話好きのドラえもん。たいていそういう流れになるのですが…
今回の「自分の内面を変える」という動機は珍しいと思います。努力せずに(ドラえもんの道具に頼って)楽にかなえようという点では同じですけどね。

島で過ごしていくうちに、のび太以外の3人はどんどん効果が出てきて「パーフェクトな小学生」になっていきます。のび太だけはどういうわけか効果が出ずに、落ち込んでいます。ただ、のび太は気付きます。パーフェクト小学生の問題に。

ジャイアンやスネ夫がいつものような反応をしないのです。のび太が殴っても、意地悪をしてもニコニコしています。ジャイアンは確かに乱暴者ですがそれは一つの個性でした。つまり、のび太は相手の欠点をも愛していたことになりますし、それに気づきます。

没個性状態、それがパーフェクトの正体です。そもそも誰かにとってのパーフェクトが、万人にとってもパーフェクトという状態がありえないのです。そんなことがありうるとしたら、それは統一意志のみ。つまり、独裁状態とか、唯一神とか、そういった一つの個の支配状態であれば争いは生まれません。ただし、進化もありませんし成長もありません。そもそも衝突しないのですから、弁証法(第2走参照)が適応されませんので。

ちなみにこの主題、1995年作品の「エヴァンゲリオン」の主題の一つなんですけど。こんな重いものを幼稚園児や小学生に見せるの?と一人で勝手に驚いていました。
この主題については、次の岩永先生にお任せしようと思います。

劇中のラスボスさんは心に強いトラウマを抱えてこの境地に至りました。もう誰とも争いたくないし、誰も間違えない世界が欲しかったのだそうです。そんな世界なんて、ないのにね。劇中ののび太は「間違えない人間なんていない!」と叫びます。最初の動機から解放され、しっかり成長しています。ラスボスさんは、結局最後まで成長できませんでした。

グッド・イナフ・マザーという言葉があります。出典はイギリスの小児科医・精神科医であるウィニコットです。「ほどほどな母親は完璧な母親に勝る」とでも意訳できそうです。完璧すぎる母親を見て育った子は、自分が完璧にできない事で落ち込みやすいと言った弊害があります。少し負けてあげるのが子育てのコツかもしれません。

もう一つ、パーフェクトな母親であるために重要なことがあります。それは「子供たちの協力」です。二者関係である以上、母親が完璧であるためにはもう片方の子供の方も完璧であろうとしますし、そうしなければならなくなります。だって、子供が失敗を報告した時点で母親(の育児)は失敗になってしまいますから。つまり、母に遠慮して言わなくなる、顔色をうかがう、甘えなくなる危険性があるのではないかと思っています。もちろん、それが良い方向に行く子だっていますよ。小さい子の行動動機は、いつだって「母親の笑顔が見たい」「褒められたい」ですからね。何事もほどほどに、というおはなしです。

SNSやブログ、子育て本で完璧な世界や子育てを見せられる「令和のお母さん」たちの子育ては、昔よりもずっと大変で心細いものだと思います。でも、もしうまくいかなくても「完璧に頑張ろう」はしないようにした方がいいと思います。お母さんに余裕があるほうが、子供たちは嬉しいし元気に育ちますよ。親が元気で楽しくあることは、楽しい子育ての絶対条件です。

そういうわけで今回のドラえもん、色々見えるものが多くて面白かったです。ちなみに、今春も映画ドラえもんは公開中です。交響曲、でしたっけ。内容は詳しく知りませんが、どんな話だったのでしょうね。

以上、ドラえもんとインサイドヘッドの精神分析でした。

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