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【日記】20歳で描いていた「いつか」を、私はもう通り過ぎてしまったんじゃないか?31歳の不安。


 
 ふっと気づいてしまった瞬間があった。「あ、私の人生って、世界一周しないまま終わるかもしれないんだ」と。
 んな大袈裟な、とすぐに自分でつっこみを入れたが、続けて、いや、ガチでありえるんだよ、31歳ってのはそういうことを考えるべき年齢なんだよなあ、という言葉が、すぐにあとを追いかけてきた。Fire TVを操作していたリモコンを持つ手が、ちょっとひやりとした。
 
 きっかけは、YouTubeだった。世界一周をする旅人の動画だ。アジア、ヨーロッパ、南米。世界遺産から都会の街々、24時間以上も船に乗り海を越え、絶景を求めて旅する彼のすがたを見て、当然のように私の頭には「いいなあ、私もいつか世界一周の旅とかやってみたいなあ」という言葉が浮かんだ。けれどそのすぐあとにこうも思ったのだ。でも、「いつか」って、いつだ?
 振り返れば私は大学生の頃からずっと「いつか、世界一周してみたいなあ」と漠然と思っていた。お金を貯めて、数ヶ月休みを取り、船でも飛行機でもいい、とにかくいろんな街を巡って、いろんなものを見て、じぶんとは違う文化を持つ人々と触れ合いたいと。
 それに憧れているのは私だけではなくて、大学の友人たちの多くも、「いつか、世界一周行きたいよなあ」と、飲みの席で言っていた。あのころの私たちは、まだ社会に一歩を踏み出したこともないくせに、社会のすべてを知ったような気になって、じぶんはなんだってできると思い込んでいた。就職先だっていくらでも選べる。もし失敗しても、転職活動すればいい。やり直せる。そう、人生に迷ったら、それこそ世界一周の旅に出て、自分探しでもしてみればいいじゃないか。
 
 あのころの私たちには、「いつか」があふれていた。「いつか」で埋め尽くされていた。そしてその「いつか」という言葉が舌の上からすべり落ちたとき、私の頭に投影されているのは必ず、「20歳のすがたのまま」やりたいことを叶えている自分だった。
 そう、当たり前っちゃあ当たり前なのだが、「ずっと20歳のままではいられない」という現実を、20歳の私は、まったくもって理解できていなかったのだと思う。
 ってなわけで、薄ぼんやりとした輪郭の「いつか」をたくさん胸に抱えたまま私は社会人になり、仕事で失敗しまくり、なんとかかんとか、少しでもマシな社会人になるためひいこらしているうちに20代が終わり、そして31歳になった今、「20歳ではなく31歳の私」が世界一周の旅に出るそのハードルの高さを、はじめて自覚したのだった。
 
 あれ、大学生の頃に思い描いていた「いつか」を、私はもう通り過ぎてしまったんじゃないか?
 
 たとえば学生時代なら、友達の住むワンルームの冷たい床の上で、五人でぎゅうぎゅうに雑魚寝することもできた。1日何キロ歩いても、足の裏が痛くなったりしなかった。旅行に行けば少しでも元を取るために朝から晩まで予定をつめこみまくったし、夜中の3時まで友達と喋り続けて、その次の日、早朝から絶景を見るために早起きしたって、なんだかんだぴんぴんしていた。
 
 でも今はどうだ。1日外を歩き回る体力もないし、すぐに休憩したくなるし、ホテルだってせっかくならいいところに泊まりたい。世界一周どころか1週間の旅行だって、ずいぶん前から仕事の調整が必要だ。というか、そもそもお金は? 世界中をめぐるなら相当な額が必要だ。どうやって貯める? 他のことをあきらめて旅にお金を突っ込む? 仕事は? せっかくここまでやってきたのに、いったん仕事をストップさせてまで行く覚悟はあるのか?
 ……と、いろいろ考えていくと結局、「あ、私の人生、もう世界一周しないで終わるかも」というところに行き着くのだった。
 
 まあ、とはいえ30代は、仕事も楽しい、プライベートも楽しい。いろんなことができるようになってきた時期で、だからこそ、ライフステージが変わるイベントごとも多い。だから、何も直近じゃなくても、いろいろ落ち着いてきた人生後半で旅に出るのもいいな、とも思ったのだが、はてさて、それだって、解像度が「31歳」のままイメージを投影しているのであって、いざ40歳、50歳、60歳になったら、今では想像もつかないような大地に私は立っているのだろうし。だとすればやっぱり、私はもうすでに、世界一周していたはずの「いつか」を、失ってしまっているのかもしれなかった。
 
 だからといって、別に「もっとあれをやっておけばよかった」「これをやっておけばよかった」と後悔しているわけではない。もっと違うやり方があったんじゃないかと思うことこそあれ、やっぱり何度振り返っても「ああするしかなかった」道を、私は選び続けてきたと思う。
 ただ、あらためて、思う。「いつか」の消費期限とは「死ぬまで」ではないんだなあ、と。
 
 やりたいことを実現するには、やっぱりその人にとって最適なタイミングというものがあって、そのタイミングを逃してしまうと、「いつか」は戸棚の奥で埃をかぶったまま、ふと思い出して取り出したときにはもう、消費期限が過ぎているということが、よくある。
 
 年をとることを嘆きたいわけではない。体力問題はなんとかしなきゃいけないと思うし、20代のころみたいな無敵感がなくなってしまったのは寂しくもあるけれど、経験を積み、視野が広がり、より複雑になった心を携えた、31歳の自分だからこそ見えた世界、出会えた人々、できた仕事の数々が好きだし、心から愛おしいと思う。
 でも「いつか」の夢はきっと、私が思うより、長くは続かない。
 だからこれからは、「いつかやりたい」と思ってから3年が消費期限だと、そう思うことにする。




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