見出し画像

反ワクチン記事の作り方講座 ~三段論法に基づく演繹的推論アプローチ~

今回は、私が『反ワクチン』の立場から、反ワクチン必見(!?)の『反ワクチン記事』の作り方を紹介したいと思います。

では早速、実際に『反ワクチン記事』を作ってみましょう!
今回は、「mRNAワクチン接種による免疫抑制」に焦点を絞ります。

まずは教科書的なことから。
免疫系は、ウイルスや細菌など、生体にとって害となる病原体を適切に捕捉し排除する一方で、自己抗原や食物、共生細菌などに対しては過剰に反応しない『免疫寛容状態』を成立させています。

一般に、ウイルスなどの病原体に対する免疫応答は『T細胞』が中心的な役割を果たし、活性化した『ヘルパーT細胞』『キラーT細胞』が協調して働くことで、体内から病原体を排除します。

(画像:https://www.covid19-taskforce.jp/opened/immune-response1/)

一方で、ヘルパーT細胞の一種である『制御性T細胞(Treg細胞)』は、過剰な免疫応答にブレーキをかける(=『負』に制御する)ことで、自己免疫疾患の防止や、免疫応答の終息など、多様な場面で生体の恒常性を保つために働きます。『過剰な免疫応答』というのが大事なポイントです。

ただし、反ワクチン界隈では、このTreg細胞が、「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」という言説の中心的な役割を担います。(ブレーキをかけるとバックする車をイメージすると良いかと思います。)

そして、Treg細胞を特徴付ける遺伝子が『Foxp3』です(図中黄色文字)。
Foxp3は、Treg細胞の分化・機能発現・分化状態の維持の全てにおいて必須の役割を担うことから、『マスター遺伝子』とも呼ばれます。

このFoxp3遺伝子の発現は、どのように制御されているのでしょうか?
遺伝子の発現は、その遺伝子の近くにあって遺伝子を発現させる機能を持つ『プロモーター』や、『エンハンサー』と呼ばれるゲノム上の複数の転写調節領域によって制御されています。

そして、多くの遺伝子プロモーター領域に存在するシトシン(C)とグアニン(G)が連続して存在する部位は、『CpGアイランド』と呼ばれ、一般に、細胞の分化に伴ってCpGアイランドが『メチル化修飾』されると、遺伝子の発現は抑制されます。逆に、DNAからメチル基が除去(=『脱メチル化』)されると、遺伝子の発現は活性化されます。

DNAのメチル化修飾は、『DNAメチル化酵素(DNA methyltransferase 1, DNMT1)』によって制御されることが知られています。

以上が、教科書的な話です。

では、DNMT1は、Foxp3遺伝子の発現にも関与しているのでしょうか?
論文を探してみましょう。

医学・生物学分野の論文は、『PubMed』というデータベースで探すことができます。

「Treg」、「Foxp3」、「DNMT1」というキーワードで検索すると、以下の2009年の論文がヒットしました。

この論文では、Foxp3遺伝子のエンハンサー領域にCpGアイランドが存在し、Treg細胞の元となる『ナイーブT細胞』では、その領域がメチル化されていること。そして、DNMT1の機能を阻害する薬剤(5-アザ-2'-デオキシシチジン, Aza)をT細胞に添加すると、その領域は脱メチル化され、Foxp3の発現が増加し、Treg細胞への分化が促進されることが示されています。

(画像:https://journals.aai.org/view-large/figure/6983639/zim0010983010002.jpeg)

だんだん話が難しくなるので、一旦まとめます。
・ Treg細胞を特徴付ける『Foxp3』の発現は、DNMT1によるメチル化により制御されています
・ DNMT1阻害剤は、Foxp3の発現を増加させ、Treg細胞を活性化させます

では、ここから「DNMT1」と「mRNAワクチン(スパイクタンパク質)」を結び付けていきます。
もし、DNMT1阻害剤『5-アザ-2'-デオキシシチジン(Aza)』と同じ効果がmRNAワクチン接種によって引き起こされるとしたら、「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」という言説に繋げることができます。

「DNMT1の働きを抑制する」、そのためのメカニズムの一つとして考えられるのが、『マイクロRNA(microRNA, miRNA)』です。
miRNAは、18〜22塩基の短いRNAで、標的となるmRNAに結合し、そのmRNAの分解を促進したり、翻訳を阻害することで、タンパク質の産生を抑制します。(タンパク質の量が減少すれば、細胞内での働きは低下します。)

では、DNMT1のmRNAには、どのようなmiRNAが結合するのでしょうか?
PubMedで検索すると、以下の2010年の論文がヒットし、DNMT1 mRNAには『miR‑148a』が結合することが分かりました。

そして、このmiRNAとmRNAワクチン(スパイクタンパク質)との関連を調べるため、PubMedで「miR-148a」、「SARS-CoV-2 Spike」というキーワードで検索すると、2021年にインドの研究者グループが、「SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を発現させた培養細胞から、miR-148aを含むエクソソームが放出される」ことを報告した以下の論文がヒットしました。

これで「mRNAワクチン(スパイクタンパク質)」から「免疫抑制」までが一本の線で繋がりました。
・ mRNAワクチン接種後、体内でスパイクタンパク質を発現する細胞から『miR-148a』を含むエクソソームが放出され、体内を循環します
・ miR-148aを含むエクソソームがナイーブT細胞に取り込まれると、miR-148aは『DNMT1 mRNA』に結合し、DNMT1タンパク質の産生は抑制され、同時にその働きも抑制されます
・ DNMT1の働きが抑制されると、『Foxp3』の発現が増加し、ナイーブT細胞は『Treg細胞』となり、免疫系を負に制御します

いかがでしょうか?
三段論法に基づく演繹的推論アプローチにより、反ワクチンの「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」という言説の『科学的根拠』を示すことができたと思います。

もちろん、例えば、「mRNAワクチン接種者の体内から、miR-148aを含むエクソソームが多く検出される」や、「miR-148aを含むエクソソームをナイーブT細胞に添加すると、ナイーブT細胞がTreg細胞になる」ということを、実験的に証明しなければならないことは言うまでもありません。
しかしながら、反ワクチンが相手であれば、この程度の『可能性』の提示で、何の疑問もなく受け入れられるでしょう。(むしろ、足りない実験のことなどは書かない方が良いかもしれません。笑)

これで、反ワクチン記事の完成です!
『枠珍(反ワクチン界隈で通じる「ワクチン」の隠語)』、『免疫抑制』などのタグを付けて記事を投稿しましょう!

でも、ここで終わらないのが私の記事。

先日、『ターボ癌』というワードがトレンド入りしました。

反ワクチン界隈は大盛り上がりですが、安全性や有効性が確立されていない・標準治療として認められていない高額な自由診療への誘導などには、十分に注意して欲しいと思います。

Treg細胞は、自己抗原に対する免疫応答を回避する『免疫寛容状態』を成立させる一方で、がん細胞の『免疫逃避』にも関与し、がんを攻撃する『抗腫瘍免疫応答』を抑制します。

したがって、Treg細胞の活性化は、がんの増殖を助けてしまうと考えられます。実際、悪性黒色腫や肺がんなどの多くのがん細胞の周辺(=『がん微小環境』)では、活性化して免疫抑制機能が強くなったTreg細胞が増加していることが知られています。

では、今度は『反ワクチン』とは逆の、いつもの私の立場から記事を書いてみます。

先に述べたように、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を発現させた培養細胞から、『miR-148a』を含むエクソソームが放出されることが、インドの研究により明らかになりました。これは、反ワクチンの「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」という言説の科学的根拠の根幹をなすものですから、反ワクチンは、この研究を「論文の信憑性がない」などという理由で否定することはできません。(これが大事。ダブルスタンダードはダメです。)

今回、『ターボ癌』が話題になっていますので、『miR-148a』と『がん』の関係について詳しく調べてみたいと思います。

そういう時に便利なのが、『総説(Review)』です。
PubMedで「miR-148a」、「Cancer」に加え、「Review」というキーワードで検索すると、以下の2016年の総説論文がヒットしました。

この論文は『miR-148a』自体の総説にもなっていて、通常、miR-148aは、脳、心臓、肝臓、胸腺、膵臓、腎臓、胎盤、子宮、精巣、および造血系を含む様々なヒトの組織で発現していることなどが、それらの根拠論文とともに詳細に記載されています。

Under normal physiological conditions, the mir-148a gene is expressed in various human tissues including cerebral, heart, liver, thymus, pancreas, renal, placenta, uterus, testis, and the hematopoietic system.
訳)miR-148a遺伝子は、通常の生理的条件下では、脳、心臓、肝臓、胸腺、膵臓、腎臓、胎盤、子宮、精巣、造血系など様々なヒトの組織で発現しています。

The Role of Mir-148a in Cancer
https://www.jcancer.org/v07p1233.htm

miR-148aとがんとの関係について、総説の「miR-148a expression in tumor and the clinical significance(腫瘍におけるmiR-148a発現と臨床的意義)」の項目を見ていきます。

通常、様々なヒトの組織で発現しているmiR-148aですが、胃がん、大腸がん、膵臓がん、肝臓がん、食道がん、乳がん、非小細胞肺がん、泌尿器がんを含む様々ながんで、発現が低下していることが、複数の研究により明らかになっています。

The downregulated expression of mir-148a can be detected in various cancers including gastric, colorectal, pancreatic, liver, esophageal, breast, non-small cell lung and urogenital system cancers.
訳)miR-148aの発現低下は、胃がん、大腸がん、膵臓がん、肝臓がん、食道がん、乳がん、非小細胞肺がん、泌尿生殖器系のがんなど様々ながんで検出されます。

The Role of Mir-148a in Cancer
https://www.jcancer.org/v07p1233.htm

では、mir-148aの発現が低下したがん細胞に、miR-148aを外部から補うと、どのようなことが起こるでしょうか?(がん細胞は、大きくなるのでしょうか?小さくなるのでしょうか?次の文章を読む前に、ちょっと予想してみてください。)

論文を探してみましょう。
PubMedで「miR-148a」、「Cancer」、「Cell proliferation(細胞増殖)」というキーワードで検索すると、以下の2016年の論文がヒットしました。

この論文では、miR-148aを投与したマウスでは、がん細胞の増殖が大きく抑制されることが明確に示されています。(予想は当たりましたか?)

(画像:https://www.nature.com/articles/cddis2016373/figures/2)

miR-148a は、『腫瘍抑制因子』として機能することが分かりました。

mRNAワクチン接種後、スパイクタンパク質を発現する細胞からmiR-148aを含むエクソソームが放出されますが、それは体内を循環し、もちろんがん細胞にも届くことは容易に想像できます。そして、miR-148aを含むエクソソームを取り込み、細胞内にmiR-148aが補充されたがん細胞の増殖は、大きく抑制されることも容易に想像できるでしょう。

このように「miR-148a」と「がん」を結び付けると、今度は、「mRNAワクチン接種によって、がんが抑えられる」という新たな言説が生まれました!
きちんと『科学的根拠』に基づいた言説です。

mRNAワクチン接種による、miR-148aを介したがん細胞増殖抑制のイメージ図

さて、いかがでしょうか?
点と点、今回の例で言えば、「Treg細胞」→「Foxp3」→「DNMT1」→「miR-148a」→「スパイクタンパク質」と順に結び付けていくことで、「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」という反ワクチンの言説の『科学的根拠』を示すことができました。
一方で、「miR-148a」→「がん」を結び付けることで、反ワクチンの言説と相反する言説を生み出すこともできました。面白いですね。

免疫抑制の他にも、例えば、「mRNAワクチン接種」→「肝硬変」を結び付けて、反ワクチン記事を書いてみても良いかもしれません。

当然のように、反ワクチンの中には『足の小指の手術』であったことが明らかになった後も、その手術が『肝臓の手術』、あるいは肝臓に何らかの異常があったのではないかと疑う人がいました。(原因として、ワクチン接種後のアセトアミノフェンの過剰摂取など。)一度信じてしまったことを、後から入ってきた情報で訂正できないのが、反ワクチンの特徴だと思います。

肝硬変についての反ワクチン記事は、こういう人たちにとって需要があるでしょう。
今回、講師である私からの特別なヒントとして、例えば、肝硬変では『miR-29a』というmiRNAの発現が大きく低下し、これがコラーゲンなどの遺伝子の発現に影響することが報告されています。(肝硬変=肝臓におけるコラーゲン線維の蓄積。)

(画像:https://aasldpubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/hep.23922)

したがって、「miR-29a」から「mRNAワクチン(スパイクタンパク質)」に結び付けていくと良いかもしれません。
次に何をすれば良いか、もう分かりますよね?

確かに、一見関係のない2つの事柄を結び付けた研究が、画期的な研究成果を生み出すこともあります
以下は、「ネアンデルタール人のゲノム」と「新型コロナウイルス感染症の重症化リスク」の関係を明らかにした論文の例ですが、この論文の著者であるスバンテ・ペーボ(Svante Pääbo)博士は、今年、「絶滅したヒト科動物のゲノムと人類の進化に関する発見」でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

この論文の例のように、特に優れた科学者程、関係ないように思われる2つの事柄を結び付ける能力に長けていると言って良いと思います。それは、反ワクチン・ワクチン推奨問わず、です。

私は自分が優れているとは思いませんが、私も一科学者(博士号取得者)として、こういうことは比較的簡単にできます。
私は2020年8月に、アポリポタンパク質の一種である「アポリポプロテインM(ApoM)」と「新型コロナウイルス感染症の重症化リスク」の関係を示唆する記事を書きました。

もちろん、この時点ではただの私の『妄想話』でしかありません。しかしながら、その後、イタリアの研究グループから、血中ApoM量が、新型コロナウイルス感染症患者の重症度・死亡率に関連するバイオマーカー(指標)となることが報告されました。
もし、私が血液サンプルを集めることができる医師で、SARS-CoV-2を研究する予算があれば、その論文は「私の名前入り」で発表されていたかもしれません。しかしながら、私は、そうならなかったことを悔しく思ったりはしません。
今回の話でも、例えば、mRNAワクチン接種者の血液サンプルを採取して「接種者の体内から、miR-148aを含むエクソソームが多く検出される」ということを、自らの手で実験的に証明することができないにもかかわらず、これを根拠に「mRNAワクチン接種によって免疫抑制が起きる」と主張する人(科学者)は、ビール片手に野球中継を見ながら、プロ野球選手のプレーを指導する酔っ払いと同じようなものだと思います。本来であれば、適当にあしらうべきものです。

「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉があります。
自分の知識を自慢するかのように、『妄想話』をベラベラと垂れ流すのは、あまり『賢い』とは思えませんが、反ワクチン界隈ではそういう人が『賢い』と言われ、尊敬を集めているようです。
おそらく、そういう人は「私は『可能性』を示しているだけだ!」と弁明するでしょう。そうなると、問題は『情報の送り手』ではなく、それを確定事項であるかように扱ってしまう『情報の受け手』にあることになると思います。ただし、情報の受け手が、一度信じてしまったことを、後から入ってきた情報で訂正できない『反ワクチン』であることを考えると、情報の送り手にも一定の自制が必要だと言えると思います。

シェディング、5G、極め付きは「新型コロナウイルスは存在しない」など、多くの反ワクチンは、あなたが思っているよりも理解力がありませんよ?
そういうことを十分に理解した上で『反ワクチン記事』を書くことができますか?、ということを最後に伝えて終わりたいと思います。

以上。

---
※ この記事は個人の見解であり、所属機関を代表するものではありません。
※ この記事に特定の個人や団体を貶める意図はありません。
※ 文責は、全て翡翠個人にあります。
---

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?