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【小説】夢とりどり

星を見ることが好きだ。中学生頃から真夜中の空を見上げることだけが僕の楽しみだった。元から一人でいることが好きな質だったが、星空は僕に無類の安心を与えてくれた。だが別段星そのものに興味があるかと言われればそうではない。知っているのはせいぜい夏の大三角などの授業で習うような星だけ。流星群などのロマンチックなものに惹かれるわけでもない。星は好きだが、追いかけるほどのものとは思っていなかったのだろう。ただ唯一変わらないのは、見上げるたびに「あの星にでも行けたらな」と思ってしまうこと。

社会人になっても尚、僕は毎日星を眺めている。


仕事帰り、ビール数本とつまみを買う。今日もまたいつもと変わらずベランダで星を眺めるのだ。肉体労働で疲れた体を酒で癒し、星空に包まれながら眠りにつく。それが社会人となった僕の習慣だった。

僕は今、日雇いのバイトで糊口をしのいでいる。すべてを無気力に生きた結果、僕は何を成し遂げるわけでもなく普通の生活を送っている。今となってはそれが一番の後悔なのだが、過ぎた時間を巻き戻せる力などもないから、こうやって怠惰に生きてゆくしかない。

胸は虚無感でいっぱいだった。自分という人間がなぜ生きているのか、最近ではずっとその理由を探し続けている。学生時代の記憶は星空に埋め尽くされていた。やってみたいことは沢山あったのに、なぜ手をつけてみなかったのだろうか。僕はしばらく考えたのちに、気が付いた。

失敗することが怖かったからだ。

手をつけなければ、自分がその道に向いていないということを知らないでいい。可能性という星空を見続けていたかったんだろう。きらきらと美しく輝く、限りない自分の可能性に夢を見たかったのだ。

僕は今夜も星を数える。仕事の疲れを流し去るようにビールを呷った。

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