【小説】泥濘に咲く

  私が彼女を発見したのは、とある沼地を旅しているときだった。真っ白のワンピースを身に纏って佇む少女は、この薄汚れた荒涼の地にふさわしくないように見えた。恐ろしさもあったが、それよりも何故という疑問が私の頭を支配していた。

  興味は尽きず、私は彼女に近寄りながら再度観察した。彼女の足は震えており、薄ら寒い霧はその白い肌から熱を奪っていることが想像できる。異様な出立ちも相まって、彼女は儚くも美しい姿に映った。今にも倒れそうな彼女を見て足は自然と前へと進んでいた。

「大丈夫かい」

  幾許かの静寂が訪れた。少女は私を頼ろうとはしなかった。私の一瞥することもなく、瞳はただ正面を向いていた。困った私は取り敢えず問を投げることにした。

「君は、何故ここにいるんだ」

  あいも変わらず少女は無反応のままだった。困った私は暫くの間その場所に立ち呆けていた。こちらの意図は伝わっているのだろうが、彼女は聞く耳を全く持っていないようだった。

「…取り敢えずこのぬかるみから出ないか?」

  血は通っているし、瞬きもしている。この少女が模造品ではなく人間であることは見て分かる。それだけに彼女の存在はあまりにも稀有で、清純で、保護欲を揺さぶられる。だが、一向に何も聞こうとしない彼女に、私は若干の苛立ちを覚えていた。

「ずっとこんな場所に居るもんじゃないぞ」

  しかし私はその非人間的な美しさがこの泥濘にあることが許せなかった。この景色には異質すぎるその存在は、私の心の奥底にある本能を掻き立てた。不満、厭忌は彼女への哀情をふつふつと曇らせていった。

「…馬鹿にしているのか?」

  なおも少女は立っている。彼女の態度を私は侮辱と受け取った。ずっと泥に立ったまま動かないその姿は私を嘲笑うためのものなのだ。高貴さを貫いているつもりのこの小娘に、私はすっかり腹を立てていた。

「目障りだ、失せろ」

  私は声を荒げ、彼女を突き飛ばした。やっとの思いで立っていた少女は力なく崩れ、その肢体を泥に投げた。涙は泥と混じって濁り、清純な白は泥で塗れていた。私はそれを目にして満足した。土で汚れたバッグを背負い直し、再び泥濘の中を歩み始める。

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