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キャプテン・ラクトの宇宙船 第3話

  三 ばらばらになるのはいやだ

 ラクトのお父さん、ソウジ・アキシマは技術者だ。いろんな機械の設計を手がけ、時には自分で作り、整備でも修理でもお手の物。〈はやぶさ〉もイチコもミミも、みずから設計した。メインベルトのようなところでは、まんべんなくこなせる人間はとても重宝される。なので人柄とあいまって、人望は厚い。すらりと引き締まった体つきに優しい目元が印象的。声を荒げるところは見たことがなく、いつも落ち着いている。
 お母さんのシノは地球の名家のお嬢様。かなりの天然でラクトに女の子の服を着せて喜ぶような、ゆかいでお茶目な性格だけど、頭はよく、大学で宇宙生物学をおさめた才媛だ。ちなみに女の子みたいと言われるラクトは、母の整った顔立ちを受けついだ。ふわふわの栗色がかった髪、色白できれいな肌、やっぱり甘いイチゴのような赤くふっくらした唇。お母さんて美人だなと、ラクトも思う。
 そんな二人のなれそめは、お母さんが卒業研究で、小惑星におけるアミノ酸生成の研究のフィールドワークに来たことだった。小惑星を行き来するためにお父さんの持ち船をパイロットつきで借り切って、飛び回っているうちになかよくなり、帰る頃にはお母さんは、もうお父さんに夢中になっていた。地球にもどっても忘れることはできず、とうとう家出してトウキョウにまいもどり、お父さんの元におしかけた。一度決めたら一直線なのだ。
「ちゃんと勝算あったのよ」
 お母さんはラクトに笑って言った。
「来ちゃえば何とかなると思ったから。お父さんたら、女の子には甘いからねー。いつもは平然としてるのに、お母さんが来たら、あたふたしちゃってね。もう帰る所がないってちょっとお母さんが涙を見せたら、ころっと参っちゃったのよ」
 二人が話すソファーの後ろを通りかかったお父さんは苦笑い。
「ラクト、女はこわいぞ。お前は気をつけろよー」
「あらー、一途と言って」
 こんなことを言ってるけれど、お父さんがお母さんをとても大切にしているのは、そばで見ていれば子供心にもよくわかった。お母さんはいきなり突拍子もないことをする人だけど、それをいつも優しく見守っているのだ。
 ちなみにラクトは見た目だけでなく、性格もお母さんから受け継いで、やっぱり時々突拍子もないことをするのだが、そういうラクトもお父さんは優しく見守っていた。おこられることはあまりなく、がんばれよと背中を押してくれる。うるさく見ていないようでいて、本当に危ない時にはさっと助けてくれる。こういう包容力のあるところに、お母さんはほれたみたいだ。
「あ、でもそんなこと言ったら、らっくんはかわいいから、ねらわれちゃうな、きっと。お母さん、心配ー」
 お母さんはむぎゅーとラクトをだき寄せる。
 お母さんの愛情表現は分かりやすくストレートだった。時々それが暴走するのはちょっと困りものだったけれど、それでもラクトはお母さんが大好きだった。ぎゅっとだかれるとあたたかく、優しいいい匂いがするのだ。
 たくさんの愛情にあふれている。アキシマ家はそんな幸せな家族だった。
 お母さんはこちらに来てからも、宇宙生物学の研究を、家事育児のかたわらにこつこつと続けていた。お父さんの仕事で小惑星に立ち寄るたびにサンプルを取れるのだから、一石二鳥だ。
 もちろん専業の研究者のように進めることは望めなかったが、アマチュア研究者として、調査研究を楽しんでいるようだった。船に〈はやぶさ〉という名前をつけたのは、お母さん。初めて小惑星のサンプルを持ち帰った探査船にちなんでだ。「いい名前でしょう?」と自画自賛だった。

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