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キャプテン・ラクトの宇宙船 第9話

  九 両親を助けに

「ええっ!」
「ほんとですか!」
「娘はどこに!」
 艦長の言葉にみんな騒然となった。
 ラクトの心臓がどくんどくんと高鳴った。
 この言葉を、どれだけ聞きたかったことか。
 この言葉を聞くために、どれだけ歯を食いしばってきたことか。
 そんな気持ちが真っ直ぐ顔に出ていたのだろう。艦長はラクトを見つめてうなずいた。
「うむ。ラクト君には早く知らせずにすまないことをした。海賊船拿捕の時には、ある程度の話は上がってきていたのだが、まだ確証がなくてね。先ほど地球側から連絡が来た。ほぼまちがいないと言っていいだろう」
 艦長の話はこうだった。
 事件発生当初は、遭難、もしくは事故ではないかと救難活動が展開された。しかし、船が見つからないばかりか破片一つ残っていなかったので、捜査は拉致誘拐に切り替わった。ところが犯行声明も身代金要求もなかったので、動機がつかめず、その後の捜査は難航していた。ここまでが、みんなの知っている話。
 捜査当局は、それでもねばり強く捜査を続けていた。
 そもそもあの船を連れ去って、だれの得になるのか。乗っていたのは大学の調査研究チームだ。研究テーマは宇宙生命体。誘拐の動機にはまったくならなそうだ。みんなが首をひねっていたところ、まさにそれが手がかりとなった。
 大学側の調査をするため地球の警察にも協力を依頼した。すると、船が地球を出港する前、大学の研究室にたずねてきた人がいたことがわかった。「明朗なる神の声」教団という新興宗教団体所属の男性だ。「神の声」教団の教義は、神は実は宇宙からやってきたのだ、というもの。そのメッセージが地球、もしくは太陽系のどこかに残されているのだという。
 彼らは、われわれの活動は科学で神を証明するものだと、強く主張していた。研究室では、あなたちは神の言葉を知ろうとする、いわば我々の同志なのだから、協力していくべきだと一演説ぶっていたという。もちろんそれは研究とは関係ない話だったので、丁重にお断りしたそうだ。
 ただ、そういう研究を地道にしているだけならよかったのだが、この教団は非常に狂信的だった。その言葉を知り神の御許に行くことが、せまり来る人類滅亡をさける唯一の手段であり、それを少しでも妨害する組織は悪魔の手下であると信じていた。
 行動は過激で、いくつかの遺跡を独自調査すると言って破損してしまったり、ちがう教義をとなえる団体の信者を、神の声をねじ曲げる不届き者として殺してしまったりしていた。 
 その教団が、また大きな衝突を起こし、今度は大々的に警察の手が入り、多くの者が逮捕された。その取調べの中で、彼らは神の言葉のありかを探り当てたと言いだした。神をむかえ入れるために邪教のやからを一掃し、地球をきれいにするのが目的だったと供述したのだ。
 彼らの言う言葉のありかとは、小惑星。お告げがあったのだそうだ。言葉は言語メッセージとは限らず、何らかの科学的痕跡を残すものかもしれない。
 要するにどうも研究室のメンバーは、その小惑星に、神の言葉を調べる役回りとして連れ去られたようなのだ。
 ただ、その小惑星が問題だった。現在カタログには未登録の未知の小惑星。お告げなんて狂信者の幻聴で、そんな星があるはずないだろうと思いきや、どうやら偶然にも条件に合う星を見つけたらしい。だれも知らない星に連れ去られたので、今まで見つからなかったというわけだ。
「それで、シノは、娘は無事なんですか!」
 おじいちゃんが艦長にすがるようにしてさけんだ。
「それはまだなんとも言えません。教団の本部はあまり綿密に連絡を取っていないようで、調査隊の人たちがどうなっているのかは、細かいところはよくわかっていません。彼らの目的からして、そうそう手荒なまねはしていないと思いますが」
「じゃあまだ、無事かどうかはわからないんですね……」
 ラクトの肩をつかむおばあちゃんの手はふるえていた。
「そうですね。何しろまだ、その小惑星も大体の場所しかわかっていませんから。捜索範囲としてはかなり広大です。実は……」
 艦長はラクトに向き直って、言葉を続けた。
「ラクト君に相談がある。アライ二尉、ハヤカワ三尉の報告によれば、ラクト君の船〈はやぶさ〉は、このトウキョウに在籍する船舶の中で、小惑星探査に関しては、随一の性能を持っているという。特に光学センサーは艦隊のどの船をもしのぎ、さらに航続距離も長い。つまり、その小惑星を見つけるために、このまま〈はやぶさ〉を艦隊に貸し出していただけないかと思っているのだが、どうだろう」
 艦長の申し出を断る理由はラクトにはなかった。お父さん、お母さんを見つけるためなら、ぜひ使ってくださいと、こちらからお願いしたいところだ。
 いや、それよりむしろお願いしたかったのは。
「オレも! オレも行きたい! 〈はやぶさ〉だけじゃなくて、オレも連れてって!」
「ラクトちゃん?」
 ラクトの唐突な発言に、おばあちゃんをはじめ周りの人はびっくりしたようだ。だが艦長は動じることなく、おもむろに口を開いた。
「実はそれも相談しようと思っていた。二人の報告によると、君は船のくせまで熟知した立派なパイロットのようだ。正直、艦隊も人員が豊富なわけではなくてね。父上お手製の船で、いろいろ独自装備もあるようだし、よくわかっている人が手伝ってくれると助かる」
 アライ二尉が艦長の後ろでこっそり親指を立ててる。ハヤカワ三尉もうなずいている。二人がラクトを推薦してくれたようだ。
 ラクトの胸は高鳴った。お父さん、お母さんを助けに行ける!
 ただ、家を守るだけじゃない。自分で助けに行けるんだ!
 だが、おばあちゃんは反対した。
「とんでもない! これ以上うちの孫を危ない所へ連れて行かないでください!」
「おばあちゃん!」ラクトはさけんだ。「オレ行くよ! オレががんばってたのは、この船を守って、お父さんとお母さんとまたいっしょに暮らすためだもん! 最後まで自分の力でがんばるんだ!」
「だって、ラクトちゃん! 誘拐犯のところに行くのよ? それに聞いたでしょう! その教団は、人殺しまでしている、こわい人たちの集まりなのよ?」
「やだ! 絶対に行く!」
 おばあちゃんは必死に説得しようとするが、もうラクトはがんとして聞かない。
 だってこの日のために、ずっとがまんしていたのだから。
 本当は泣いてしまいたくても、ずっとがまんしていたのだから。
 危ないからやめなさい、いやだ絶対行くの押し問答が続いた。周りの人ははらはらと見守る。
 おじいちゃん、おばあちゃんの言うことの方がもっともだ。ふつうは子供を犯人と警官隊が対峙するような場所へは近づけない。艦隊の申し出が異例だ。
 けれどゴヘイやコトネたちトウキョウ側の知り合いは、こうなったラクトが絶対折れないのを知っている。何しろみんなが寄ってたかって止めても、結局〈はやぶさ〉で宇宙に飛び出してしまったのだから。
 一歩も進まない堂々巡りに、とうとうカサクラ艦長が助け船を出した。
「まあ確かにご心配なのは分かりますが、だいじょうぶですよ。部下を同行させますし、〈はやぶさ〉を前線に出すようなまねはしませんから」
 それを聞いたおばあちゃんは、艦長とラクトを見比べた。
 やがてあきらめたような表情をうかべ、ふうと一つため息をつく。
 それを見たラクトがほっと肩の力をぬいた瞬間、おばあちゃんはいきなり宣言した。
「分かりました。……それなら私たちも同行します!」
「ええー!」
 みんなびっくりして声を上げる。となりでいっしょにラクトを説得しようとしていた、おじいちゃんもびっくりだ。
「おい、私たちって、オレもか」
「当然でしょう。まさか娘をむかえに行かないつもり?」
「そうじゃないけど、危険じゃないのか」
「小学生の子供が行ってもだいじょうぶというなら、大人の私たちが危ないことがあるもんですか」
「でも、でも、おばあちゃんは宇宙船暮らしに慣れてないし……」
 今度はあわてて説得しようとするラクト。立場はすっかり逆だ。
「もうおばあちゃんはね、たえられないの。ずっと地球で待ってて、娘は無事か、孫は無事かとやきもきして。むかえに来てもラクトちゃんはにげだして、海賊と追いかけっこをしているし。もう遠くで待っているのは無理です。ついていきます」
 何とか説得しようとしたけれど、おばあちゃんはゆずらない。ラクトのがんこさは母親ゆずりだったが、どうやらそのお母さんのがんこさはおばあちゃんゆずりだったようだ。おじいちゃんも最初のおどろきからさめたら、おばあちゃんの言うとおりだと言い始めた。
「まあ、あの船ならあと何人か乗っても全然余裕だし、いいんじゃないか」
「うー」
 今度はアライ二尉に助け船を出されて、ラクトが折れる番だった。

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