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キャプテン・ラクトの宇宙船 第6話

  六 君の涙を見たくない

 〈はやぶさ〉はトウキョウに到着した。船を下りたラクトはゴヘイの事務所に急ぐ。
 とにかくまず相談してみて、地球に行かなくてすむようにしなくては。
 もしゴヘイがかばってくれないとわかった時には、メインベルトをぬけ出して、土星より遠くの辺境へ行く覚悟ができていた。あっちなら星同士の距離がはなれているので、〈はやぶさ〉のような足の速い船は重宝されるはずだ。エッジワース・カイパーベルトと呼ばれる、海王星の外側の小惑星帯まで行けば確実だ。
 冥王星やエリスなどがふくまれ、地球より数十倍も太陽から遠い。簡単には帰ってこれなくなるけれど、代わりにさすがにもう追いかけてはこれないだろう。
 事務所の扉を勢いよく開く。
「ゴヘイおじさん!」
 その声にぱっと立ち上がったのはコトネだった。
 部屋には他にだれもいない。
「あれ? おじさんいないの?」
「らっくんが帰ってくるはずだから、待っててくれって……」
 そう答えるコトネの様子がおかしいことに、ラクトはすぐに気づいた。声はふるえ、顔は真っ青だ。
「コトネ?」
 ラクトが近づくと、コトネはぎゅっとすがりついてきた。
「どうしよう……どうしよう、らっくん……」
 か細い声で、そうつぶやく。
「どうしたのコトネ! 何があったの?」
「お父さんのお仕事で……借金ができちゃうから、お父さん仕事変えなきゃいけないかもって……そしたら、長く家を空けなきゃいけないから、私たちはお世話してくれる人の家にって……でも三人いっしょはたのめないから、別々の人に……」
 コトネは小さな体をこわばらせ、目に涙をうかべてラクトを見上げた。
 ラクトの顔を見て、がまんしていたものがぷっつり切れてしまったのか、そのまま涙が止まらなくなってしまい、きちんと説明することができない。だがその断片的な説明でも、この様子を見ればとても深刻な状態であることはよくわかった。
「どうしよう……家族がばらばらになっちゃうよ……」
 しぼり出すようにそう言うと、あとは言葉にならず、うつむいてぽろぽろと泣いていた。
 家族がばらばらに。
 ラクトがケレスに行っている間に、オオムラ家に危機が訪れていた。
 ラクトも胸をしめつけられる思いだった。コトネの不安は、自分がずっと感じているのと同じ物だからだ。それがどれだけつらいか、ラクトはよく知っている。
 そこにゴヘイが帰ってきた。二人を見て一瞬足を止めたが、何事もなかったかのように声をかける。
「お、ラクト。もどったか。何か向こうでやらかしたみたいだな。児童福祉局から連絡が来たぞ」
 あっさりとした口調だが、無理をしてそう見せているのだということは、すぐにわかった。ゴヘイの顔色もまた、一目でわかるほど悪かったからだ。ゆっくりたおれこむようにソファーに腰を下ろす。
「その感じだと、コトネに聞いたな?」
 ラクトはこくりとうなずく。
「すまんなあ。力になってやりたいんだが、そんなわけで、オレもここをたたまないといかんのだ」
 ゴヘイは力なく笑った。
「お父さん……?」
「うん、やっぱりだめだ。だれもこの仕事は引き受けてくれなかったよ」
「おじさん、何が起きたの?」
「ああ、海賊に船をやられたんだよ」
 ゴヘイはまるで重大なことではないかのように告げた。でも、それが大事件だということは、そんなポーズではかくせない。ラクトは息をのんだ。
 メインベルトは大小様々なコロニーが点在する地域だ。さらに、地球から遠くはなれてもいるので、警察や軍の力がおよばない。
 その中でトウキョウのように力のあるコロニーは、自分たちで自衛組織を立ち上げている。けれど、全域をくまなくカバーすることはできず、苦しい生活から違法行為に手を染める者は後を絶たない。さらには、自衛組織が転じて、裏でこっそり略奪に関わる星もある。それがこの地域に出没する海賊なのだ。
「紹介業だけじゃなくて、海運にも手を出したのは、前に言ったよな。オーナーになったその船がやられた」
 ゴヘイは空中にホロウインドウを呼び出した。トウキョウから地球への航路がうかび上がる。しかしそこに重なる実際の船の航跡は、途中で途切れていた。三日前のことだ。
「乗員はかろうじて助かった。保険に入ってたし、積み荷はもう一度用意できた。だが、代わりの船が手配できない。実はトウキョウの航路をねらっている同業者がいてな。トウキョウからは急ぎの高額の積荷が出ていて、もうかるおいしい航路だから、参入したがる奴がいるのは当然なんだが、問題は、こいつが他の星であくどいことをして商売広げてるとうわさのやつなんだ。
 どうもそいつらのスパイが入りこんでて、予定航路がばれているようで、ウチ以外もピンポイントでおそわれてる。なので代わりの船を手配しようにも、みんなぶるっちまってだめなんだ。そいつらに目をつけられたら危険だからな。いろいろ当たったが、結局引き受けてくれる船はなかった」
 ラクトはホロウィンドウで他の船の航路も確認する。ラクトがケレスに向かっている間に、何件も襲撃事件が起きていた。どれも自衛艦隊が守っている標準航路から外れている。それは引き受けた積み荷がイレギュラーな仕事であることを意味している。高価な一点ものか、急ぎの特注品。運賃をはずんでくれる、まさにゴヘイの言う、おいしい仕事だ。
 だが、逆に……。
 自分で仕事を始めたラクトは、その落とし穴にすぐに気づいた。息をのんだラクトを、ゴヘイは肯定する。
「そうだ、時間切れだ。大きな仕事なんで、荷物を届けられなかった時の違約金もでかい。船を購入した借金も残っているし、しかもこれからも商売はじゃまされるだろう。もう店をたたんで、外洋船の乗組員にでもなるしかないようだ」
 ゴヘイはがっくりと肩を落としている。コトネはラクトのそでをつかんだまま、そんな父を見つめ、ぽろぽろと涙を流していた。

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