「今のままでいてほしい」と思ったことがなかった子供に対して、心境の変化

 息子が生まれて数か月で夜泣きが始まり、その後も気質の激しさに振り回されていたため、「今のままでいてほしい」と思う経験が、最近まで皆無だったと言って良い。

 良いように言えば「今までより今が一番可愛い」という感情を、ずっと中学一年生くらいまで持ち続けていた。

 中学二年生くらいになると、急に黙る時間が増えて、一緒にいても楽しくなさそうだし、何かとイライラするようだし、ああ前は可愛かったなあと思うようになった。
 それでも息子は機嫌の良い時や落ち着いている時にはよく話しかけてきた。自分の生き方とか性格とか、何だか哲学的なことを議論したがって、でもそれは議論したいだけでなく、明らかに不安そうでもあったので、寝る時間や勉強時間を削ってでもちゃんと向き合おうとした。そういうことを繰り返しながら、時々「僕は今でも可愛く見えてる?」と聞いてきた。間髪入れずに「可愛いよ、今が一番可愛い!」と力強く答えていたけど、いやあごめんね、あの頃は唯一「前の方が可愛い」と思っていた時期だったよ。

 子育てする時に、演技も必要、とカウンセラーや心理学者は言う。アナタのことが一番好きという演技や、一緒にいて楽しいという演技。それは何故かと言えば、そうは思えない瞬間もあるからだ。兄弟姉妹いたら……或いは自分の時間がほしいのにそんな時間が取れなかったら。そんな時でも、演技をして乗り越えてほしいとのことだ。何も正直に親の気持ちを表すことばかりが子供にとって良いわけではない。とは言え、感情が出ちゃう時もありますけどね。少なくはありませんね。まあそれは仕方ないじゃないですか。

 しかし息子が高校生になったら、やっぱり今が一番可愛いと思っている。「人の言うことを聞く」意味ではない素直さがある。いや、言うことなんか聞かないのはもうずっと知っています。
 大人になりかけの葛藤が見えつつの、素直さは、その年ごろにしかない魅力で、親にとっては可愛くて仕方ない。こちらをうっとうしがったりイライラしたりする素振りは今でもあるけれど、こちらがそれを気にしていると、息子はケロッとして新しい話題をふっかけてくる。
 髪の毛もようやくバリカン無しの髪型にしてみたいと言うようになり、ごく稀にだけどドライヤーを手伝う。話が通じるところ。時々大人と見なして、大人の事情を話すと興味深く聞いて自分の意見を言ってくれるところ。

 幼少期の可愛さは、あくまでも外側から見た無邪気さとか表情、間違った言葉遣いとかサイズ感が可愛いのであって、可愛さの種類が違う。
 それでも、その頃の可愛さは、常に「早く成長してこの大変さから逃れたい」気持ちを伴っていた。

 「今のままでいてほしい」なんて、そんな風に感じられる人を見聞きすると「ほえ~!!」と声をあげたくなるほど、信じられないような気持だったし、羨ましかった。きっと今、やりやすいのね……良いなあと心から憧れた。私はそんな風に思えない。とにかくどんどん成長して、どんどん落ち着いてくれ! 皆が当たり前にできることをどんどん身に着けてくれ!! とずっと思ってきたのだ。

 それがとうとう数年前から変わってきた。
 
 前の方が可愛かったなあと思っていた中学生の頃から、少し面倒くさいその時期を抜けつつあった頃。
 車で買い物から帰っていたら、下校途中の息子と出会った。

 息子は自転車をこいで帰っていて、前後に車がいないことを確認した私は、車の窓を開け「お~い!」と声をかけた。すると、その頃の息子ならチラッと見て知らんふりでもしていただろうに、その日の息子はニコッと笑って手を振ったのだ。

 わっ。

 その雰囲気に、「成長したんだ」と強く感じた。
 「もうすぐ息子が家を離れる」とその瞬間に実感した。

 子供の成長なんて、あっという間よ~! と先輩母親方に言われてきた。そうかもしれない。でも私の感覚はちょっとだけ違う。

 子供が小さい頃は、一つ一つの心配事がとても気になるし、自分の気持ちも不安で、これで良いのか、子供は大丈夫か、先は途方もなく長く感じる。そんな時に「あっという間」と言われても、実感がわかない。みんなそう言うから、きっとそうなんだろう、でも私は早く過ぎてほしい! と思っていた。そしてそう思う人も少なくないんじゃないかなあと。

 私なら、「後から振り返ると、昨日のことのように思い出せるよ。大変だから、あっという間なんて思わないけどね。ある日、気が付いたらもうこんなに大きくなっているのかと驚くんだよ」と言う。

 この辺は田舎なので、今高校二年生の息子は、大学生になったら家を離れるだろう。
 まだ時々、夫にも私にも甘えてくる。でも「そうは言っても、一人でしようと思えばできるんだよ」とか笑っている。

 うむ。そんな気はしている。息子は時々甘えたい気持ちになった時だけ、甘えたことを言うだけで、別にそれがなくても平気そうになった。一人でも平気そうだ。片づけられないとか、家の手伝いをしないとか、色々と心配事は尽きないけれど、精神的な面で言えば、ある程度耐えうるのではないだろうか。と思ったら、寂しくなってくる。もう手を離れ始めていることを実感したからだろう。少々うろたえてしまう最近だ。


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読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。