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ヴァイオリンを演奏する彼女を応援している

 テレビで時々だけど、N響(NHK交響楽団)のコンサートを観るのには、理由がある。

 母がクラシックの専門家だと言って良いだろうに、私はクラシックにそれほど興味がない。好きな曲はあるけど、積極的に聴きに行くほどでもない。
 それでもN響の演奏を時々観る。

 *

 中学から大学卒業するまで、ずっと同じ女子校にいた。
 35年くらい前、そこの中学に合格したら、あとは大学卒業まで同じところに通う子たちが大半だった。大学受験する子は私の学年では180人中10人ちょっともいただろうか。今は逆のようで進学校としての要素も出して頑張っているそうだ。

 大学受験に関してはそんな風だけど、中高一貫校としての魅力は多々あり、おそらくそれは今も引き継いでいるだろう。伸び伸びとした校風で、おっとりとした生徒たち。おおらかな先生たち。だから中学に合格したらもうしばらくはのんびり。
 そんな風に思っていた中、違うタイプの子もいた。

 彼女はヴァイオリンの演奏で、中学一年の、余興のような行事があった時から一目置かれていた。
 でも大人しく、皆から何歩も離れてニコニコ様子を眺めているようなタイプ。その子がいると、自分が無邪気に騒いでいるように思えちゃうほど。でも私は彼女のその様子がよく見えていたし、「友達がいても、一人でも平気」な姿は嫌いではなかった。
 しかも彼女がヴァイオリンの演奏を始めると、何とも魅力的だった。
 彼女の演奏スタイルは情熱がこもっていて、少し激しい。
 眉間にキュッとシワを寄せて、頭を振り、時には弓を弦にたたきつけるように弾き、時にはヴァイオリンに耳を傾けて自分の出す音に没頭する。普段の様子と、ヴァイオリンを弾く姿にギャップがあるように言われていたけど、私には全部つながっているように見えた。
 裏表とか違う面とかじゃなく、全部ひっくるめて彼女が出来上がっている。

 学年で発表会のような行事がある度、「〇〇ちゃん、ヴァイオリンうまいね~!」「めっちゃ上手やねんね~」って皆が彼女を囲んで褒めたたえた。私も時には一緒に下校で駅まで歩いたりしたので、そこそこ近くの立場だったけど、何と言って良いのかわからなかった。
 母がヴァイオリンをやっていたからだ。
 彼女もそれを知っていた。
 「うまいね~!」は当然口にできない。ヴァイオリンの上手下手なんて、弾いたこともないのにわからないよ。って演奏している側が思っているのは知っている。でも彼女は、私にヴァイオリンをする母親がいるのを知っているから、何か伝えたいと思う。
 「○○ちゃん、すごく良かった」と、中学生の私はそれを言うだけで精一杯だった。
 するといつも彼女は恥ずかしそうに「ありがとう」と小さな声で、でも胸を張って笑顔で言ってくれる。私の感想なんて一考にも値しないだろう。わかっていても、彼女のその表情と言葉を心に残した。

 高校で彼女は、桐朋学園に受験し、合格した。
 多分高校から他の学校に行ったのは、学年で彼女だけだ。

 その後、彼女の寄せてきた文が、学年文集にも載った。
 彼女の、自分の中にある認めたくない嫉妬心や人を蹴落としたい心境、人を傷つけてしまう、人の不幸を喜んでしまう瞬間が、音楽を通じて綴られている。書かなくても良いだろうに、自分の中で閉じ込めていられないのだろう。その世界は醜くもあり、激しくもあり、厳しくもあり、楽しくもあるのだと。素晴らしく、やりがいに満ちているのだと。呑気に暮らす私とは全然違う世界を生きている。彼女の心が豊かであると思い知らされた。
 まだ自分と同じ年頃の、10代の彼女がその気持ちを認めて書いているのは小さな衝撃だった。

 大学はどうしたのだろう。
 仕事をしている時に、近くの図書館兼小さなコンサートホールで、彼女の独奏会があるのを知って、観に行ったことがある。
 「訪ねてきたのか戻ってきたのかどっちかな」と思いながら、そっと一番後ろの席で彼女の演奏を見守った。

 曲は随分と難しいものではあったけど、演奏スタイルは変わっていなかった。時々激しく、音がきしむ。そして陶酔する時間。彼女らしい表現方法。心を揺さぶられる。ああ確かに彼女がそこにいる。嬉しくなった。

 私には、相手が私への気持ちを抱えたくないのでは、と余計過ぎる心配や遠慮をすぐに起こしてしまうところがあって。私が挨拶に行ったところで困るだろう、迷惑だろうと考えた。それ以上に、私のことなど覚えていないのでは。とも。それで彼女に何も告げずに帰ってきてしまった。

***

 中学高校の頃にお世話になった先生と、東日本大震災の後から改めてやり取りが少し多くなった。その時に、「かせみさんのこと、学年だよりに載せましたよ」といった内容と共に、学校の新聞が送られてきた。中にはヴァイオリンを演奏していた彼女の記事が混じっていた。
 彼女が学校を訪ね、生徒会からインタビューを受けている記事。偶然にも先生が、学年だよりに私のことを書いたのと同じ時期だったようだ。

 わあ。久しぶりだ! 元気そう。写真の中の彼女を懐かしく眺めた。

 そして彼女がN響で演奏していると、そこで知った。


 それから時々観るのだ。
 テレビには、彼女が真剣な眼差しでヴァイオリンを演奏しているのが映り込む。
 面影あるけど、おばさんになったなあ……。
 お互いにね。と思ってしみじみ笑う。
 どんな暮らしをしているかなあ。
 どこに住んでいるんだろう。

 ぽつぽつと心に思い浮かぶけれど、カッコ良いなあと、誇らしい気持ちを噛みしめているのは間違いない。演奏に没頭する彼女の雄姿は、それだけで私を励ましてくれる。
 いつか、どうにかしてコンタクトを取ってみたいな。

#エッセイ #音楽 #ヴァイオリン #学生時代の友人 #N響 #演奏


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。