コヨーテの男と鉛筆キャップ、詩の冷凍庫(掌編集)
【コヨーテの男と鉛筆キャップ、詩の冷凍庫】
苦しい日はなにか書けばいい。
コヨーテの話を書く。
わたしはタイピングができる。
コヨーテの男とは区役所で出会った。
仕事も金もないわたしは、色々な支援を申請しに来ていた。
彼もそうだ。
わたしが見つけた時、コヨーテの男は鉛筆をカッターで削っていた。
彼はコヨーテのための支援の申請書を、鉛筆で書いていたのだ。
机に散らばった削り屑を、サッと集めて、ポケットに入れる所作がよかった。
申請書というものは、ボールペンか万年筆で書かなければならない。
たとえコヨーテのための支援の申請書であっても。
しかし、コヨーテのふさふさの毛が生えた武骨な手で、ボールペンや万年筆は握れないのだ。
コヨーテのための支援の申請書くらい、鉛筆でも受け付けてやればいいのに。
わたしは持ってきていた三色ボールペンで、代わりに申請書を書いてやった。
コヨーテの字は、犬よりも綺麗だ。
丁寧な彼の字を、ボールペンでなぞった。
自分の申請書はどうでもよくなった。
コヨーテのための支援の申請書は受理された。
区役所の隣にある百円ショップで、鉛筆キャップを買ってやった。
子ども向けの鉛筆キャップには、おみくじが付いていた。
持ち歩いている際、カシャカシャと鳴るのが気になるようで、コヨーテの男はおみくじを引っこ抜いてしまった。
おみくじには大吉と小吉しか入っていなかった。
その日からコヨーテの男と暮らしている。
数ヶ月ごとに交代で働いている。
彼が働いているあいだ、わたしは仕事を探す。
わたしが働いているあいだ、彼は仕事を探す。
今はコヨーテの男が、冷凍庫で働いている。
詩の冷凍庫だ。
最近の詩はすぐに腐るから、冷凍保存しなければならない。
コヨーテの男の仕事は、詩に記号を振ることだ。
早朝、釣り上げられた詩に、『A−0』から『Z−9』まで。
詩は記号を振られそうになると暴れるので、この仕事は力が要る。
コヨーテの男は、しょっちゅう暴れる詩に噛み付いてしまう。
それで詩がだめになってしまったら、給料から弁償代が引かれる。
冷凍庫ではボールペンや万年筆、スマートフォンが使えない。
鉛筆を使うコヨーテには冷凍庫の仕事がもってこいに思われた。
だが、彼には冷凍庫の仕事は合わなかったらしい。
帰ってくると、鼻を凍らせたまま、すぐ横になる。
なかなか眠れないらしく、夜中に目を覚ましては、ぶつぶつと独りごとを言っている。
コヨーテの独りごとには、呪術的な響きがある。
わたしは彼のために、早く仕事を見つけなければならない。
彼は今でも、おみくじが引っこ抜かれた鉛筆キャップを使っている。
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