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【書評】どうすることもできない人間の「業」を描く〜『錦繍』(宮本輝)

名作と名高い宮本輝さんの『錦繍』。20代の頃に一度読んだのですが、その時はよさがわかりませんでした。しかし40半ばを過ぎた今になって読んでみると、これが心にしみるしみる……。なるほど、名作でした。

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1、内容・あらすじ

主人公は勝沼亜紀と有馬靖明。二人はかつては夫婦でしたが、ある「事件」のために離婚し、十年間お互いの消息も知らず、それぞれの生活を送っていました。

しかしある時、紅葉に染まる蔵王のゴンドラの中で運命的に再会。二人は深く話をすることもなく、すぐに別れます。

その後、亜紀は有馬に宛てて一通の長い手紙を書き綴ります。有馬もそれに長い返事を書きます。こうして二人は十四通もの手紙をやり取りすることになります。

二人が夫婦だった時は語られることがなかった、それぞれの思いやその後の生活。二人の手紙は、まるでこの十年間の過去を埋めるかのようでした──。

2、私の感想

まずは、冒頭の文章にノックアウトされます。なんと美しくて印象的な文章だろう、と思いました。若い時はこの文章のよさも理解できませんでした。

この小説は、語り手が存在せず、二人の手紙のやり取りだけで進んでいきます。いわゆる「書簡形式」というものです。これがまたいいのです。メールやSNSで一瞬にして連絡が取れてしまう今では成立しない話です。手紙を書くのにも時間がかかり、届くのにも時間がかかり、相手が読んだかどうかもわからない。だからこそいいのです。今だったら絶対に生まれることがなかった、奇跡のような小説だと思います。

この小説で描かれているのは、人間の「業(ごう)」というものです。近い言葉として、「運命」や「宿命」や「定め」がありますが、これらではどうもしっくり来ません。やはり「業」としか表現できないものです。

亜紀と有馬の人生は、夫婦だった時も別れた後も、決して平穏ではありませんでした。これは、きっと彼らにはどうすることもできなかったのだと思います。何をどうしてもコントロールはできなかったのでしょう。それはやはりそれぞれの持っている「業」としか言いようがありません。不条理とも不思議だとも思いますが、これこそが人生であるということを教えられます。

二人の手紙から浮かび上がってくるものはあまりに大きくて、私は読み終えてからもしばらくぼうっとしていました。読み終えて数日が経ちますが、その感じはまだ残っています。深く深く心に刺さりました。

3、こんな人にオススメ

・ある程度の人生経験を経た人
人生経験に比例して、理解度が深まると思います。

・「人生はままならない」と思っている人
「業」という概念で、人生を解釈できるようになります。

・若い人
逆に、若い人がこの小説を読んでどんな感想を抱くのか、興味があります。

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