自分を見つめる旅 複雑性トラウマを垣間見た日

今回はEMDRそのものやトラウマ治療に関しての情報というより、私自身の話がメインになります。


今日は多分7回目のセッション。
EMDRのセッションでどんどん別のことを取り上げて行くのかと当初思っていたが、実際はいつも私のとある原体験トラウマをスタート地点にセッションを始め、毎回そこから頭に浮かんだ他の事象を追っていく。
必ず原点は同じトラウマのシーンからだ。

私は解離グセがあるので毎回何を話していたのかあんまり覚えていないのだけど、今日はこんな感じだった。

高校生の時お父さんに助けてもらえなかった

お母さんのようには助けてもらえない、いつ見放されるかわからない不安と恐れ

母の「同調してほしさ」
姉の「家族への同調圧力」
父の「圧倒的ヒエラルキー」

我ながらずっと「じゃあなんでこの家族から離れられないんだろう」と思っていた。
離れたい気持ちはずっとあるけど、なんかそう上手く気持ちが切れない。
それはきっと、自分にも大切にされてたと感じた瞬間にもあったし、周りが羨む「仲良し家族(に見える)」だし、普通に金銭的に支えられたからというのもあるだろう。

でも今回は、「家族から逃げても、別のところでまた何かに追われる。家にいたら、自分は抑圧されるけど安全」という思いがあるから、と気付いた。



EMDRのセッションの一番最初は、自分の安心領域にアクセスする練習をした。
安心領域を思い出すイメージに名前を付け、いつでもその名前を考えれば気持ちが落ち着くようにスイッチを作る、というものだ。
実は私はこのセッションに半分失敗している。というのも、「安心できる場所」が全く思いつかなかったからだ。結果的に、安心する人たちのイメージでスイッチを作った。

大学の時に一人暮らしをしていたけど、知らぬ間にものが移動していたり買ったことのないものが家にあったりして、家に誰か入り込んでいることがわかって引っ越したことがある。
留学中も、他のルームメイトと対応じゃなかったり、アルハラやセクハラを受け、最終的にはかなりヒステリックな女性の同居人にモラハラを受けて、ストレスで滞在中発症した子宮内膜症が悪化して帰国した。
(ハラスメントって言葉を使いすぎると便利で「センシティブ」に聞こえるかもしれないけど…ひとつひとつそこそこ重いもので気持ち悪い思い出だ。ここでは書かない)


3年に1回くらい、誰かに執拗に追いかけられ逃げるような経験をずっとしている。
家にいたときも、夜に家族の時間を邪魔すると怒られるから、夜は早く部屋にこもって、その頃から不眠症になった。
近所の公園は気持ちよくて大好きだけど、行くときは大概家族から逃げたくてベンチで大泣きしていた。

簡単に言えばバウンダリーを引くことが苦手でそれによるトラブルがメインなんだと思う。そうでなくても痴漢とかスカート切られるとか、通り魔的なこともあった。
そういった積み重ねで、家の外で生活することに自信を失っている。それなら男性がいる家のほうが、他の人間が多い家のほうが無難だとどこか感じている。


バウンダリーを越えさせてしまうのは(他責的な言い方になるけど)家の同調圧力文化でノーを言うのが苦手になってしまったからだと思う。こんなふうに感じるのは私が気にしすぎなんだろうか?とか思う。
ちなみに家族が私の感じた問題を矮小化する・もしくは必要以上に個人叩きしたり、あんたって本当に気にしいだね。と言う傾向にあるからだと思う。

そんなふうに言われると「話さなければよかった」になるし、家族の問題を指摘すれば私が叩かれるので、無力の学習状態になってしまう。
今思えば昔から気にしいだね、と言われてきたけど、何故気にしてるのか、何が嫌なのかもっと言語化したり、変わらない嫌なものには自分から距離を取る練習ができていれば何か違ったかもしれない。「気にするな」「あなたが気にし過ぎ」という発言は、時にヒエラルキーを作る言葉になる。


話がかなり逸れたけど、
「私は家の中だと檻の中だし、でも家の外でも何かから逃げ続けている」と話すと、「今目の前にあるカウンセリングルームは安全領域ですか?」と質問され、そこから安全領域の感覚を少し練習した。
さすがにちょっとタフで、目眩がした。でも同じような思考・言い回しに陥りやすいのをうまく「今の感情をどんなふうに言い換えられるか」と感覚の視点を変えられる質問を投げられる先生はさすがとしかいえない。目を動かしたり刺激を与えてればEMDR適当にできるんでは?と思っていてごめんなさい…と思った。


当初私は「家のこと」「男性へのトラウマ」の2軸が私の複雑性なのかと思っていたけど、そこから「安全圏がないこと」が一番の問題であり、自信のなさや他人の介入を過度に許してしまう理由だったのかもしれない。

あんまり体系的に書くことができなかったけど、自分の思考の落とし穴に気付けるのはEMDRの効果をすごく感じている。



突然なんですけど、ひとつ映画を紹介(忠告?)します🫶
「私はゴースト」というインディーズ映画です。

なんでおすすめかというと、PTSDやトラウマ、解離性障害の過去を持つ人なら共感、というかトラウマこじ開けシーンがあるから😄
序盤めっちゃ平坦だけど、そこからの最後が私にはぶっ刺さったというか怖すぎてしょうがなかった、自分のトラウマの感覚とリンクしてしまったから。忠告、と書いた理由は見ないほうがいいという意味でもある。

まだまだトラウマが生傷な人は見ないでください。もう平気だよーんって人は見てみてください。

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