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「LGBTは種の保存に背く」発言に寄せて

 ことの発端は自民党の部会で行われたLGBT理解増進法案に関する議論である。議論の中で山谷えり子参議院議員から「LGBTは種の保存に背く」、「道徳的にLGBTは認められない」といった発言が飛び出し、問題となっている(Twitter上で本人は発言を否定していることを付記しておく)。議論の対象となったLGBT理解増進法案とは正式名称を「性的指向および性同一性に関する国民の理解増進に関する法律」といい、主な内容としてLGBTへの理解を求める理解増進法と、LGBTへの差別是正を求める差別禁止法とがある。結果としてこの法案は了承見送りとなったが、その理由としては、法案に含まれている「LGBTへの差別は許されない」という文言が問題視されたからだ。差別反対が問題視されるとは庶民感覚からすれば穏やかならぬ話だが、この文言が示す「差別」にはLGBT同士の結婚ができないという現状の婚姻制度が含まれており、この法案を通すなら婚姻制度そのものの改善が必要となる。そこから件の山谷えり子議員の(あるいは別の自民党議員の)発言につながるわけである。
 ところが、民法第739条——いわゆる婚姻法——を調べてみても、LGBTが同性同士で結婚することを禁止する文言は見当たらない。

1.婚姻は、戸籍法 (昭和22年法律第224号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2.前項の届出は、当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。

 参照せよというので戸籍法の内容を調べてみたが、第十三条に婚姻する二人が夫婦であること、つまり異性であることを前提とした文言があるものの、全体を通して同性間の婚姻を禁止する内容は確認できなかった。あとは解釈の問題になるのだろうが、日本の現状ではLGBT同士の結婚は制度的に不可能となっている。しかしくり返すが、LGBT同士の結婚を禁止する明確な法律はないのである。彼/彼女らの結婚を妨げているのは法ではなくむしろ人なのだ。今回の問題によってそのことがいっそう浮き彫りになった。山谷えり子議員を含む自民党議員たちは法的な根拠があってLGBT理解増進法案に反対しているわけではないのである。この点について、僕の疑問はこうだ。同性の結婚が彼らの何を脅かしているのか?


・アイデンティティの曖昧さ

 ジュディス・バトラーは彼女の主著である『ジェンダー・トラブル』の中で次のような指摘をしている。

異性愛の関係のなかにも、精神的な同性愛の構造があり、ゲイやレズビアンのセクシャリティや関係のなかにも、精神的な異性愛の構造がある。さらには、ゲイであり、ストレートであるようなセクシャリティを構築し、構造化している権力/言説の中心点は、このほかにもいろいろある。異性愛は、セクシャリティを説明する権力の、唯一の強制的な表出ではない。

 山谷議員のいう「道徳」と「種の保存」は同じものを指しているように読める。バトラーによればそのような「道徳」、端的に言えば出産を前提とする権力/言説は唯一のものではない。それにも関わらずこの「道徳」がマジョリティの地位を保持しているのは、今までそうだったからなんとなくそれが常識だろう、くらいの曖昧な理由であり、つまるところ「家」を基盤とする家父長制度の名残りでしかない。「道徳」に縛られず無心に眺めれば性はもっと多様だ。人はいつも少し同性愛者であり異性愛者なのである。「道徳」は歴史の遺物である家父長制度を楯にとってこの性の多様性を無視しようとする。自分の性別は、もっといえばアイデンティティは自明のものであり、決して揺らぐことがないと信じたいからである。
 しかし、バトラーは『ジェンダー・トラブル』の末尾を飾る文章の中で次のような指摘をしている。

あたかもゲイ/レズビアンのアイデンティティの構築には、排除される者がその排除自体によって前提とされ、さらには必要とされるかのように。皮肉なことにそのような排除は、それが克服しようとしている根本的な依存関係を制定してしまうものである。つまりレズビアニズムは、異性愛を必要とするということになる。みずからを異性愛から根本的に排除されるものと定義するならば、そのようなレズビアニズムは、レズビアニズムを部分的に必然的に構築している異性愛の構築を意味づけなおす能力を、みずから失ってしまうことになる。(中略)
 それよりも狡猾で効果的な戦略は、アイデンティティのカテゴリーを完全に奪い取り、再配備することであり、それによって単に「セックス」を疑問に付すだけでなく「アイデンティティ」の場所に多様なセックスの言説が集中している様子を明らかにし、そうして、アイデンティティというカテゴリーが——たとえどのような形態を取るにしても——永遠に問題がらみのものだということを示すことである。

 LGBTという言葉でわざわざカテゴライズしなければならないのは、それが「みずからを異性愛から根本的に排除されるものと定義」している現状があるからだ。「自分たちは異性愛者ではない」という形の自己認識は逆説的に「異性愛を必要とする」のである。
 そうではなく、LGBTという存在から逆照射してマジョリティと化している「異性愛の構築」の異常性を炙り出し、確固たる性自認もアイデンティティも存在していないことを明らかにする戦略を取るべきだとバトラーは主張しているわけである。これを言い換えるならこうだ。たとえば僕の場合なら「日本人であり、男性であり、横浜生まれで、プログラマを仕事にしており、批評を書いており……etc」といった形で、自分のアイデンティティに付随する情報を羅列していくと果てがなくなり、必ず語尾を曖昧に濁らせるハメになる。これは僕に限った話ではない。人間は有限の生を生きているが、そこに付随する情報は日によって絶えず変わっており、アイデンティティを構成するものは無限に増加するのである。バトラーの示す「アイデンティティというカテゴリーが永遠に問題がらみのものだということ」とは端的にはこのような意味なのだ。

・戸籍がない人たち

 バトラーの議論を踏まえた上で、「同性の結婚が彼らの何を脅かしているのか?」という僕の疑問に戻ると、無意識的にせよ意識的にせよ、自民党議員が恐れているのは戸籍法へメスが入る可能性である。前述した通り、日本の婚姻制度はその根拠を戸籍法に置いており、これを改定するとはすなわち戸籍法を改定することを意味する。LGBT同士の結婚を認めるためには戸籍法についての議論が必要になるわけだが、自由に結婚ができない人々のことがそこで議題にあがるなら、LGBTの他に議論されなければならない人たちがいる。皇族である。
 天皇と皇族には戸籍がない。天皇や皇族に関する身分事項は、皇室典範および皇統譜令に定められた「皇統譜」に記されているのだが、ここには婚姻により皇室に入る民間人はそれまでの戸籍を失うこと、逆に結婚して皇室を出る女性皇族は自分の戸籍を持たないまま夫を筆頭者とする戸籍を作り、そこに登録されることが記されている。戦後に改正された皇統譜令(1947年政令第一号)においても「皇統譜」は継承されるものとされ、皇族の身分を離脱した者は皇統譜から除籍、新たに戸籍を編纂することになっている。ちなみに「皇統譜」では非皇族のことを「臣民」と呼び、「臣民」の戸籍に入ることを「降下する」というそうである。
 結婚するためには前提としてまず戸籍が必要となる。その上で戸籍法に則って記入できる二人のみが夫婦と認められるわけだが、このルールを改定するとなると前述の皇族が結婚する場合に話が及ぶ可能性があり、突き詰めれば天皇制そのものが議論の俎上に乗せられる可能性がある。たとえば女性の民間人と女性の皇族が結婚した場合はどうするのか、男性の民間人と男性の皇族が結婚した場合はどうなのか、といったような話し合いが必要になってくるからだ。この議論は天皇制もまたバトラーがいうところの「アイデンティティ」なのだが、自民党議員が暗に恐れているのはこのような「アイデンティティ」が揺らぐことなのだ。

・発言撤回を求めるべきか?

 「LGBTは種の保存に背く」、「道徳的にLGBTは認められない」といった発言は自分たちの「アイデンティティ」が脅かされたことによる感情的な反発に過ぎない。もしそうではなく、文字通り「種の保存」が「道徳」であり、LGBTの人権よりも優先されるべきものなのだと主張するのだとしたら、たとえば子供をつくるべきではないという反出生主義の思想を弾圧すべきだし、少子化を招いた要因であると言われている資本主義もやめてしまうべきである。僕は発言を撤回しろと言っているのではない。議員として発言するなら一貫性を持てと言いたいのだ。「種の保存」をLGBTの人権より上に置くというなら、一部の思想を弾圧し、資本主義をやめ、日本を今とはまったくちがう社会にしていく、そういう意思を表明してほしいのである。そうでなければこの発言には一貫性がない。

 問題の発言は婚姻に関する議員たちの価値観に潜む諸矛盾を露呈させているのである。



 この問題を取り上げた記事のリンクを以下に貼っておく。
[https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs\_newseye4272640.html]

 また、上記の発言の撤回と謝罪を求める著名運動がはじまっており、下記のリンクから参照できる。

https://www.change.org/p/山谷えり子議員参議院議員-自民党-lgbtは種の保存に背く-道徳的にlgbtは認められない-発言の撤回と謝罪を求めます?recruiter=296644153&utm_source=share_petition&utm_medium=twitter&utm_campaign=psf_combo_share_message&utm_term=share_petition&recruited_by_id=74fe99d0-fa14-11e4-a6d7-1d11ea4b1ab1_

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