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違和感

ある朝、目が覚めた時になにか違和感を感じた。下腹部の辺りに妙な違和感。痛いわけではない。腹の調子が悪いのかと思って、さすってみるがなんてことはない。少しお腹が空いているだけだった。

朝食を食べようと体を起こした。立ち上がっても違和感は無くならない。考えても仕方がないので、部屋を出て階段を降りた。

居間に降りると、母が縁側で目を開けたまま横になっていた。おはよう。と挨拶すると、こちらの方を見て少し微笑んでおはよう。と返してくれた。

外を見ると、雨は降っていないが晴れ間は一斉見えない曇り空で空気は乾燥していた。

なにか食べようと食卓に移動すると、バナナが一房あったのでもぎって一つ食べた。

食べながら、起きた時から続く違和感について考えた。視覚、嗅覚、味覚に異常はないし、体調が悪かったりするわけではない。なんというか、バランスが狂っているような、体の一部が失われてしまったような気持ちの悪い感じだった。

バナナを食べ終え、縁側で横になっている母のところに行った。母は庭の方を向き、ただ黙って庭を眺めていた。外ではポツポツと雨が降り出していた。

「雨が降ってきたね」

「蛇がいる」

思っていもいない返答に少し戸惑ったが、母の視線の先を見ると庭にとぐろを巻いた蛇がいた。蝋のような滑らかな色をした大きな白蛇だった。

白蛇は縁起がよく、ご利益があると聞いたことがあった。居間に戻り、バナナを一つもぎってお供え物として供えることにした。

バナナを持って蛇に近づくと、蛇は体をこわばらせてこちらを警戒しているようだった。構わず近づくと、蛇は口を大きく開けてこちらを威嚇した。

反射的に目を逸らすと、蛇の前に玉のようなものが落ちていることに気付いた。黄緑色の、葡萄の実の様な色、形、大きさをした玉だった。

なぜだかわからないが、その玉を見た瞬間懐かしさの様なものを感じた。その玉はかつては自分のものだった気がした。

僕がその玉を取ろうとすると、蛇はその玉をアシカショーのアシカの様に器用に頭の上に乗せ、そしてそのまま一目散に庭の外へと駆け出していった。

僕は咄嗟に蛇を追いかけた。そして走り出した時に、朝から感じていた違和感の正体に気付いた。

自分の片金玉が無い。

まだ確認はしていないが、確信していた。走っている時の揺れの違和感、そして蛇が守っていたあの玉、間違いない。あれは僕の片金玉だ。点と点が今繋がった。

僕はそのまま蛇を追いかけ続けた。雨の降る中全速力で走った。通いなれた登下校の道を、いつも買い食いで寄る商店街を、あの子と自転車を押して帰った坂道を。体はいつもより軽かった。

どれくらい走っただろう。気付けば杉の木が所狭しと茂った鬱蒼たる森の中まで来ていた。そこで蛇は巣と思われる穴の中にしなやかに入っていった。

その穴は丁度子供が入れるくらいの大きさで、小柄な僕なら入れそうだった。だが蛇の巣なんかに入っていって無事に帰ってこられるだろうか。穴の奥は真っ暗で中の様子は何も見えない。

だがこのまま蛇を逃がしてしまうと僕は一生片金玉で過ごさなければならない。そんな状態で周囲の人間と同じような顔をして生きていけるだろうか。たかが、片金玉。されど片金玉じゃないだろうか。

僕は意を決して、蛇の巣に飛び込んだ。

巣の中には片金玉を頭に乗せた蛇が大量にいた。



続く

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