過酷な派遣バイト中に歌のすばらしさに気付いた話
今から5年くらい前のこと。俺は日雇いの派遣のバイトをしていた。
高校を卒業して最初に入った会社を2年ほどで辞め、少しニートをした後プログラミングの職業訓練校に半年通ったのだが終了後はなかなか就職先が見つからず貯金も底を尽きたため、次の就職までの繋ぎとして短期の予定で始めたバイトだった。
このバイトは正直かなりきつかった。
バイトを始める際に親父に報告したのだが、親父は「派遣はきついからやめとけ」と言っていた。そんなこと言われてももうお金ないしなあ。と親父の意見を無視して始めたわけだが、働き始めてから自分の考えの甘さを痛感した。
派遣のバイトの何がそんなにきつかったかというと、一番は毎日現場が変わることだった。
もちろんバイト先によって違うと思うんだけど、俺のバイト先は基本的に毎日違う現場での勤務になっていた。
前日がトラックに横乗りして引っ越しの手伝いをする仕事で、次の日は工場に機械を搬入する仕事で、その次の日はコンビニの冷蔵庫を修理する仕事。みたいな感じで毎日現場が変わる。
なので入ったばかりの時は初めての現場が続く。
当然どの現場に行ってもなにをすればいいかわからなくて、先輩に聞いたりするんだけどあんまりしっかり教えてくれない。派遣先の会社の人に聞いてもこれもあんまり教えてくれない。「チッ!」と心底だるそうに舌打ちされて「・・・わかんねえなら俺やるわ」と言って流される。
まあ中にはちゃんと教えてくれる人もいたんだけど、教えてくれない人の方が多かった。
なんでこんな風になるのか。たぶんなんやけど、毎日現場が変わるから「今日来てる人」が「次もその現場に来る人」とは限らないし、そもそも日雇いの短期前提みたいなバイトなのですぐ辞める人が多い。だからいちいち丁寧に教育するのは無駄。っていう考え方の人が多いんやと思う。
働く側も雇う側も「短期のバイト」って認識してるんやね。
まあそんな感じで俺が働いていた派遣のバイトっていうのは結構新人への当たりがきつくて、毎日嫌やなあ。と思いながら仕事してた。先輩も派遣先の会社の人も怖い人しかおらんし親父の言うこと聞いとけば良かったなあ。と。
そんな日が続く中、「石川県珠洲市まで行って郵便局に機械を搬入する」という仕事が回ってきた。
珠洲市は石川県と言っても、かなり端っこ(というより先端)の方にあり、集合場所の金沢市からは車で3時間ほどかかる。
初対面の人と車の中で3時間一緒とか嫌やなあ・・・。と憂鬱に感じながら集合場所に向かった。
挨拶してトラックに乗り込む。
トラックには既に2人乗っており、どちらも派遣先の会社の人で、運転席に座っていた男は年齢恐らく4,50代くらいの短髪の大柄な男で、真ん中に座っていた男は20歳かそれ以下くらいに見える茶髪の兄ちゃんだった。
2人とも若干厳つくて、うわもう嫌やわ・・・と思いながらトラックは出発したのだが、走り出してみるとこの二人は結構気さくな人達だった。
茶髪兄ちゃんが積極的に俺に話しかけてくれたり、大柄男が「珠洲まで行くんだから仕事さぼって釣りでもしちゃうかw」と冗談を言って和ませたりしてくれた。
大柄男の方は見た目通りに男らしい人で、矢沢永吉の大ファンらしい。
茶髪兄ちゃんは当時の俺より一個下の19歳とかで、人懐っこい性格で色んな先輩にかわいがられているらしい。
久しぶりにバイトで話せる人と当たって少し安心した。
だが、このくらいの時には自分も「どうせこの人らとはもう会わないだろうしな」という思考になってしまっていて、どこか流すように会話をしてしまっていたと思う。
途中で大柄男が「兄ちゃん、珠洲までまだまだ時間かかっから、寝ててもいいぜ」と言ってくれたので俺はお言葉に甘えて寝ることにした。快晴の中、のと里山街道をごうごうと走る大型トラックの中で俺は眠りについた。
1時間ほど経って、目が覚めた。
窓の外を見るとトラックは山中を走っていた。まだ珠洲にはついてないらしい。
そして二人が歌を歌っていた。
「やっぱり永ちゃんは最高やなぁ!」
「次尾崎行きましょうよ!尾崎!」
二人は車内懐メロカラオケをしていたらしい。茶髪兄ちゃん若いのに尾崎とか渋いのを聞くんだなあ、とか思ってたら二人が俺が起きたことに気付いた。
「おう、起きたんか。お前もなんか歌うか?」
「河村さん何聞くんすか、俺結構音楽の幅広いっすよ!」
目が覚めて早々そんなことを聞かれて若干戸惑ったが、俺はその頃松任谷由実にはまっていたので
「松任谷由実とか好きですね」
と答えた。
「いいっすね、ゆーみん!ジブリのやつ歌いましょうよ!」
茶髪兄ちゃんがスマホで「やさしさに包まれたなら」を流し始めた。
イントロが流れて、大柄男と茶髪兄ちゃんが歌い出した。
俺は最初恥ずかしくて歌うことができなかった。今はそんなことないけど、当時は初対面の人の前で歌うのは得意じゃなかった。
だが途中で楽しそうに歌ってる2人を見て、もうどうでもいいか。という気分になって歌ってみることにした。
トラックの中、男3人で熱唱する松任谷由実。
お互い何も知らない同士だけど、一緒に歌っている間は一体感があった。
こんなに楽しい人達なのに「もう会わない人だから」とスカしていた自分が恥ずかしくなった。
歌ってすばらしい。人と人との出会いって素晴らしい。
松任谷由実ありがとう。
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
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