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【いきなり最終回】こんな夢を見た

※つい先日、往年の「月9ドラマ」の最終回みたいな雰囲気の甘酸っぱい青春ドラマのワンシーンに自分がいる夢を見ました(笑)。何しろ夢なので具体的なストーリーは全然分からないんですけど、いくつかのセリフとそのシーンの情景、そしてギュッと胸が締め付けられるような感覚だけは覚えたまま目が覚めたので、その記憶を元に細部を肉付けして書いたのが以下の文章です。繰り返しますが「夢」の話ですので、ストーリー展開らしきものは特にありません(笑)。情景描写と会話のリズムにリソースを全振りして書いた「文学的スケッチ」みたいなものとして、おヒマなときにお読みください。

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(これまでのあらすじ)社会人3年目のケンと大学時代の同級生ユミは、卒業後も学生時代の友人たちとのサークルを通じてときどき会う間柄だった。友達以上恋人未満の関係が長く続いていた二人は、ふとしたきっかけで付き合うことに。その矢先に「ある事件」が発生し、友人や家族、さらに会社なども巻き込んだ泥沼のトラブルが立て続けにケンを襲う。ケンは心身を擦り減らしながらもユミや仲間たちの協力を得てトラブルに立ち向かい、数ヶ月を経て完全決着。海沿いのビルの地下室から長い廊下を歩いて、外に出るためのエレベーターに乗り込んだ。

***

エレベーターの扉が開いてゆっくりと外に出る。海風が頬を撫でていくのを感じながら周囲を見渡すと、目の前の公園のウッドデッキで仲間たちが僕を待っていた。もちろんユミも一緒だ。周囲では気の早い花見に訪れた人たちが三々五々、あちこちで車座になって宴会を始めていて、勢い我々もそこで飲むことになった。用意のいい誰かが買ってきた飲み物とおつまみが配られ、新しい季節の訪れを祝うべくささやかに乾杯した。

僕はここ数日の疲労もあって早々に話の輪を離れ、その後ろで聞くともなしに会話の上澄みだけを感じながら、辺りの風景をぼんやりと見渡していた。初春の陽光はまだ頼りなげで、ウッドデッキの左下を流れる川の水面にやっと届いては、わずかな反射を返しながら儚く消えていくサイクルを繰り返しているように見えた。シャンパンの泡のような細かなきらめき。次第に意味を失っていく周囲の会話。遠くに聞こえる野鳥の鳴き声…。

「やっと終わったね」

気がつくとユミが僕の目の前にペタンと腰を下ろしていた。視界がカメラのオートフォーカスのように素早く焦点を結び、現実に引き戻された僕は少しだけ驚きながら、彼女が差し出した缶ジュースを受け取ってプルタプを引く。アルミの蓋が剥がれる鋭い音が、二人を隔てる空間をささやかに切り裂いて消えた。

「そうだね…ありがとう」
「私たち、よく頑張ったよね」
「うん…正直なところ、こうして二人でまた春を迎えられる可能性は低いのかもって思ってた」
「ほんっとそう」

何かに納得したかのようにゆっくり頷くと、ユミは両手で抱えた缶ジュースを少しだけ飲んで小さく息を吐いた。前に見たことがある白いブラウスの柔らかなギャザーが、彼女の動きに応じてサラサラと細かく揺れた。オレンジ色のスカートの裾からは膝頭がほんの少しだけ覗いている。

沈黙が二人の間を制した。言うべきことはあった。ただそれはあまりにも漠然としていて、言葉にしたそばからボロボロと崩れ落ちそうな脆い感情だった。彼女の目を見て話せる自信はなかったが、缶ジュースも飲み干してしまってもう間が持たない。結果的に、僕は彼女の膝に向かって話し始めることになった。

「あのさ…これまでずっと近くで助けてくれて本当にありがとう。ユミには心から感謝してるし、その気持ちはこの先もずっと変わらない…と思う。そう思いたいんだけど、いつか自分がこの気持ちを忘れてユミのことを粗末に? いや違うな。う〜ん、何て言うんだろ、意識するしないにかかわらずユミを傷付けるような人間になってしまったらどうしようとか、そんなしょうもないことを考えてずっとモヤモヤしてた。自分の気持ちが変わらないでいられることに確信が持てないって言うか、そんな自分が許せないと言うか」

「色々あったからね…」

ユミがまだ手に持っていた空き缶を床に置いた。コトンという音に僕が顔を上げると、彼女は両手を膝の上に置き、少し背筋を伸ばして、僕の目を真っ直ぐ見つめてこう言葉を続けた。

「でもそんなの心配しても仕方なくない? 私はケンが今回経験したこと、やってきたことを知ってるし、それがどれだけ大変だったかも少しは分かってるつもり。人があんなに簡単に変わっちゃうのを見て『自分もそうなのかも』と思っちゃうのも無理はないと思う。たださ…大事なことは、私たち今やっと自由になれたってことだと思うんだよね。誰かの意思に振り回されたり邪魔されたりせずに、自分たちで答えを出せるんだよ? だから、もしこの先ケンが変なふうに変わっちゃっても…って私はそうは思わないけど、そのとき私がどうすべきかは私が自分で決められる。それだけでも、今回のことをくぐり抜けてきた意味はあった、と私は思うけどな」

そこまで一気に話し終えるとユミは表情を崩し、目を細めて小首をかしげるような感じで僕の答えを待っていた-少なくとも僕には待っているように見えた。

「すげえな…流石だわ…」

ようやく絞り出せたのがこんな感嘆だけだった僕をユミは笑う。

「ちょっと何それ」
「いやいや、何と言うか…改めて、これからも宜しくお願いします」
「あははは、こちらこそ」

僕と彼女はどちらからともなく互いに手を伸ばして、ややぎこちない握手をした。遠くで大きな船の汽笛が鳴り、近くにいた水鳥の何羽かがそれに反応してバタバタと飛び去った。ユミを連れてきてくれた仲間たちは、いつの間にどこで準備してきたのかバドミントンのラケットを振り回して、ネットもない芝生の上でシャトルの打ち合いに興じている。たぶん普通に気を遣ってくれたんだろうけど、彼らのそういう気持ちの一つ一つも今はたまらなく嬉しい。

「行こうか」
「そうだね」

ユミと僕はウッドデッキから腰を上げた。立ち上がるときにバランスを崩してよろけたユミを僕は慌てて支え、彼女は少しだけ照れて微笑む。こういうことの繰り返しで、僕らは少しずつあの日々のことを過去に追いやっていくことが出来るのだろう。そうであってほしいと切に願った。歩き始めた僕らの頭上で陽射しは少しだけ西に傾き、広場では毛足の長い誰かの飼い犬がフリスビーを追いかけて嬉しそうに走り回っていた。

<完>

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