失くなってほしくないものを守るために、生きたお金の使い方をする
お金の「稼ぎ方」。
何がお金になるのか。
それビジネスになりそう。
コワーキングスペースの受付でアルバイトをしていたとき、たくさん聞いた言葉たちだ。
これらの言葉を聞くと、なにかいやな感覚が心に現れて、それ以来、稼ぎたいという人達に対する偏見が生まれた。
きもちわるいとさえ思っていた。
そのあと少し考えて、
何やらギラギラと稼ぐことを目的にしている人が苦手なのかもしれない、と少し腑に落ちた。
そして最近、やっと気づいたことがある。
「稼ぎ方」より「使い方」の方がもっっと大切だ、と。
イチロー選手や、松浦弥太郎さんや、おばあちゃんが言っていたから、もしかしてと思っていたが、ちょうど最近、山口周さんが「残って欲しいものにできるだけお金を使う」と言っているのを聞いて、完全に腑に落ちた。
社会にあるたくさんの会社は、
これからの社会を想像しながら、需要のあるものに対してサービスを提供している。
そして、その需要のある/ないは、“売り上げ”を基準としている。売り上げとは、まさしく私たちの“使うお金”である。
つまり、私たちが何にお金を使うかで、会社は動いている。
けれど、
その“需要がある”は本当に需要があるのか?
ほんとうに私たちが欲しているのか?
もし、
本当に欲しいものではないものにお金を使っているとしたら、会社は需要があると“勘違い”して、ビジネスを続けてしまう。
その結果、私たちの欲しくないものを提供する会社が残って、いつしか居心地のわるい社会になってしまうのではないかと。
だとしたら、
社会から失くなってほしくないもの、残り続けてほしいものにお金を使った方が、きっといい。
私は、近所のおじいちゃんがやる八百屋は失くなってほしくない。200円で入れる古い温泉も、直島の地中美術館も、毎年買うスケジュール帳も、目に優しい紙の本も、失くなってほしくない。
自分の使う少額のお金ごときで社会が変わるとはちっとも思わないけれど、少なくとも、
自分の暮らしの満足度は変わる。
すきな色の服やピアス、おもしろい本、あたたかい色のマグカップ、美味しい珈琲。
それらに囲まれる暮らしほどたのしいものはない。
私の友達には、自分の好きなものを知っていて、好きなものを部屋いっぱいに置いている子がいるのだけれど、その子の満ち足りた笑顔というのは、ほんとうに楽しそう。
しかも、楽しくさせてくれる。
だからこれからは、
自分の大切にしたいもの、失くなってほしくないものに、お金を使ってみたい。
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