第40話『マジック<契約>』
「見せてもらおうじゃないか。おぬしの<テイム>を!」
ボクは外堀を埋められていた。
いや、逃げ道を塞がれた、といったほうが正確かもしれない。
「それとこれはれっきとした商談じゃからのう。マジック<契約>を使わせてもらおうぞぉ? 契約を破ったときの罰は……”凄惨な死”とでもしておこうかのぅ。苦しみ、泣き叫び、絶望し、二度とこの世に誕生したいなどとは思えぬようにしてやろぅ。……おい!」
条件を述べ終えた団長は、とひとりの奴隷商人を呼び寄せた。
恐らく彼が、職業『調停官』を所有しているのだろう。
マジック<契約>が使える人材なのだろう。
「では契約しようぞ。……っと、そうじゃそうじゃ。いつまでも怯えて奴隷化に挑戦さぬ、などというのは”興”醒めもいい所じゃからのう。制限時間も設けておこう」
「……イヤ、だ」
「うぬ? なにか言ったかのう? わしは耳が遠くてのぅ? 聞こえんかったわい」
「いっ、イヤだぁあああーっ!」
さっきまでの全能感はウソだったみたいに消えていた。
ボクは全力でこの場から逃げ出そうとし……。
――バンッ!
破裂音が響き、進行先の地面が吹き飛んだ。
ボクは腰を抜かして、みっともなく尻を着く。
「ありゃ? 撃ち殺すつもりだったのに、びっくりするほど足が遅くて狙いがズレちゃった! うう~最悪だ~、マイナス10点!」
撃ったのは、アーサルトの足も吹き飛ばしていた少年だった。
あのガキ、ゲーム感覚で人を殺そうと……。
ほかの団員がぐるりとボクを取り囲み、四方八方から銃口を向けてきていた。
「もう逃げんじゃねえぞ」と暗に言っていた。
「き、ひ、ひぃっ……」
どうしよう、どうしたら、どうすれば!?
泣き言が止めどなく溢れてきた。
「かぁっはっは、どうしたぁ? 急にもよおしでもしたかぁ? じゃが、まだ商談の途中じゃからのぅ?」
恐ろしい笑みを浮かべ、ゲンブが語りかけてくる。
ボクはなんて甘かったんだ。
「おいリョウ、それをあんちゃんに渡してやれぃ」
「あいよォ。……くははッ」
笑いながら、リョウはこちらへとエリィを突き飛ばした。
座り込んだボクに覆い被さるように、彼女が倒れ込んでくる。
ボクの腹の脂肪がクッションになって、ぼよんっと跳ねた。
エリィとボクの目が合った。
「ね、ねぇ。あんた、あたしを助けなさいよ。お父さんを助けなさいよ。あたし、あんたを助けてあげたじゃない? お礼をするのは当然でしょ? あんた、あいつらの仲間なんでしょ? 同じ人間なんでしょ? どうにか説得しなさいよぉっ!」
その理不尽な言葉にボクは怒りを……覚えていなかった。
代わりにボクの中にあったのは性的興奮だった。
(そうだ、今のエリィは……ボクに縋るしかないんだ)
アソコがムクムクと膨らみはじめる。
今のボクは裸だ。
むき出しのイチモツに触れる、エリィのやわらかな太ももの感触。
胸に添えられた体温の高い手のひら。
恐怖で歪んだ表情と、なによりボクに縋るまなざし。
ここさえ乗り越えれば……これが、すべて。
「ごくりっ」
のどが鳴った。性欲で恐怖が紛れていく。
同時にボクはあることに気がついた。
「……きひっ」
今のボクとエリィは一心同体なのだ。
運命共同体なのだ。
ボクが失敗すれば、彼女もまたあいつらの奴隷になる。
立場はまったく同じだ。
頭を巡るのはふたつの言葉。
『まだ商談は終わってない』『お礼をするのは当然』。
スキル<交渉術>の効果はいまだ健在。
いける、とボクは考察する。
ここで彼女を商談に巻き込むのだ。
そうすれば――彼女に対しても<交渉術>が働かせられる!
勝機はまだ、ボクの手の中にあった。
「きひっ。……わかった。その条件でいい。もし失敗すれば、ボクはお前たちの奴隷となろう」
「ほぅ、認めたのぅ? では、宣言してもらおうか!」
「契約書の作成、完了しました。では、発動します――マジック<契約>!」
職業『調停官』の男が、契約内容の記載された羊皮紙を掲げた。
マジック発動の宣言とともに、魔力の光がほとばしる。
「『合意』するぞぃ」
「『合意』する」
ゲンブとボクの言葉に、魔力が反応する。
契約書に集っていた魔力が、触手のようにエフェクトを伸ばしてボクたちへとまとわりついた。
やがて、体内へと吸い込まれるようにして消え……。
契約完了だ。
「では、さっそく<テイム>を使ぅてもら……」
「――その前にひとつ、いいですか?」
「なんじゃ? <契約>の取り消しは今さら利かぬぞ? わしぁ同意するつもりはない」
「いえ、そうではありません。ひとつ、契約内容について確認したいことがあるだけです」
ボクは痛いほどの心臓の高鳴りに耐えながら、言葉を発する。
「契約内容に『ボクはひとりでテイムを実行する』とありますが、それはだれもボクのテイムに手助けやアドバイスをできない、ということですよね?」
「そうなるのう。じゃから、あんちゃんひとりきりでさっさと<テイム>を唱えぃ。そして、失敗して奴隷に堕ちるがよかろぅ。わしらもあまりヒマでは……」
「いいえ。ボクが言いたいのは、つまり……裏を返せばその条件っては――」
「――だれもボクのテイムを、ジャマをできない」
「と、いうことですよね? だって手を出されたら、それって『ひとり』じゃなくなりますから」
「ほぅ、なるほどのぅ。遅延行為は契約違反とみなすが……逆にいえば、タイムアップまでは、わしらがあんちゃんに手出しすることもできぬ、か。なかなか考えたのぅ、そりゃ盲点じゃったわい」
――言質は取った。
これでひとつめの条件はクリア。
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