第39話『成功率1パーセント』
「たった一度、ひとりきりの<テイム>で、このエルフを奴隷化できます!」
その発言を聞いて、ゲンブはニヤァと笑みを深めた。
周囲の奴隷商人たちが「はぁ」と嘆息した。
「あちゃァ……。団長の悪い癖が」
「面倒見がよすぎるんですよねー」
もしかすると、ゲンブからすれば「胸を貸してやる」くらいのつもりなのかもしれない。
若造に灸でもすえてやるか、と。
だが、甘いな。
ボクがその油断を食ってやる。
「しかし、大きく出たのぅ。たしかにエルフを……しかも、なかなかに高レベルなこやつを<テイム>できるだけの実力があるなら、条件にケチをつけるのもうなずける。事実であれば、だがのぅ?」
ゲンブは「で?」と続けた。
「成功したならば、おぬしはいったいなにを求める?」
「はい、ボクがもし成功すれば、そちらのエルフの男――アーサルトをもらい受けたい」
ボクの要求に団長は「はぁぁ」と嘆息した。
まるでものの価値がわからぬバカを見る目。
いつものボクなら怯むところだが、今のボクならば感情を押し殺すのは容易だった。
と、念のために言っておくが、べつにボクだってアーサルトなんていらない。
男なんかを助けるために、わざわざ危険を犯すなんてゴメンだ。
ならばなぜ、こんな自身の首を絞めるようなことを言ったのか。
その理由はふたつ。
”ふたりが一緒だから”こそ生まれる選択肢が存在すること。
そして、ボクの<交渉術>があれば条件の緩和など容易い、という目算があったから。
「で、失敗した場合はどうするつもりかのぅ?」
当然のこととして、その質問が投げかけられる。
それこそボクが引き出したかった言葉だ。
ボクはニヤリと笑って答えた。
「そちらで決めていただいて結構です」
ゲンブがわずかに目を見開く。
「それは、本気かのう?」
逆に、こちらを心配すらするかのような口調だった。
かかった! とボクは内心で歓声を上げる。
「理解しておるのかのぅ? たった一度で、たったひとりで、それもエルフを奴隷化する……それがいかに難易度が高いか。テオオザルが奴隷化できたからと、うぬぼれてはいやせんかぁ?」
「いいえ」
「はぁ。ほぼ100パーセント失敗する……そんな賭けに、負けたときの条件を相手に決めさせる。あんちゃん、それは自殺志願でしかないぞ。いやそもそも、わしなら成功率が99パーセントでもそんな条件は出さぬ」
ゲンブは不快そうに、眉をひそめて言う。
まぁ、純粋な商人であればそういう反応になるだろうな。
この場合のリスクは無限大だ。
つまり、どれだけリターンが大きくとも賭けるのは損、という結論になる。
「わかっています。しかし、冗談を言っているわけでもありません。ボクは本気です。ただ、ゲンブ団長ならば”フェア”な条件を出してくれると……信じられると思っただけで」
ボクは芝居がかった様子で、大仰にそう言った。
完璧な台詞だ、と思った。
これまでのゲンブの性格は、その態度を見ていればわかる。
集団の長としての威厳、カタブツな性格、面倒見の良さ、どこか抜けている、自身が身内と認めた者に対してとても篤い。
そしてなにより、仁義を重んじる。
ボクならばそれを意図的に引き出すことも可能だ。
「かぁあはっ、かぁあはっ、かぁあああはっはっはっは! いいじゃろぉ。そこまで言うなら、わしが決めてやろぉ。あんちゃんが負けたとき、支払ってもらう対価は……」
完璧な話の流れだった。
ボクはすでに勝利を確信していた。
この状況下で出される条件ならば、たとえ失敗したとしても取り返しがつくだろうことは確実だ。
たとえば『無条件での入団』など。
「では、失敗した場合……」
「――おぬしは一生、奴隷じゃ」
「え?」
いやいやいや、……え?
ゲンブから出された条件は、ボクの予想からかけ離れていた。
「なんじゃ、不服かのぅ? 約束とおりじゃろぅ。それとも、さっきまでのは口先だけか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「おぬしが失敗した場合は、ウチの団で永遠に奴隷……正確には無賃で働いてもらおうぞ。ついでにストレス発散のサンドバッグにもなってもらおう。新薬の実験台としてモルモットも頼むぞ? 陵辱後や調教後に散乱した排泄物の掃除係も兼任してもらおうか」
「え、ちょ」
「まぁ、とりあえずはそんなもんでいいかのぅ。あとからいくらでも追加していいわけじゃし。……相手に委ねるとはそういうことじゃろぅ。のぅ、あんちゃん?」
「……は」
はぁあああ!? ふざけんなよ、クソジジイ!
あの状況でそんな条件を出してくるとかありえないだろ?
ほら、まわりの団員に見栄だって張りたいだろ?
集団を率いる者として、周囲に余裕を見せるとかあるだろ!?
「だから、言ったのによォ。団長の悪ィクセが出ちゃったなァ。たとえ相手がどんな状況であれ、だれであれ、交渉ごとには手を抜かない……”カタブツ主義”が」
「まったく、やさしすぎるよねぇ~。こんなの暴力で解決しちゃえばいいのに」
そういうこと、だったのか。
ボクは見誤っていた。
彼らは異世界人――常識がちがうのだ。
エルフだけでなく、人間ですらボクとはちがう生物。
エリィのときに経験していたのに、忘れていた。
無意識に『人間だから』と、ボクと近しい思考を持っているのだと思い込んでいた。
「……は、はは」
ボクはバカだ。
なんで奴隷商団の団長をやっているような人間に、やさしさなんて期待したのか。
仁義? そんなものはクソ食らえだ。
こいつらは全員、残虐で残忍で残酷で、殺そうが犯そうが騙そうがなにも感じない気狂いどもなのに。
「あぁ当然じゃが、ひとりで<テイム>と言ったからには、わしらが『破魔の拘束具』を貸し出すことも絶対にないぞ。それと、そこのテオオザルに協力させるのも許さぬ」
「なっ」
ゲンブは「まぁ、そもそもテオオザは今、目を回しとるがの」と笑った。
それからずいっとこちらへ身体を近づけて、告げる。
「さぁ、見せてもらおうじゃないか。おぬしの――<テイム>を!」
絶対に失敗できない、賭けがはじまろうとしていた。
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