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第41話『蜜の言葉に、毒の味』

 ボクがテイムを完了するまで、だれもジャマできない。
 言質は取った。

 仮にジャマをした場合、一緒に罰を受けるのは団長であるゲンブだ。
 部下たちもそうそう動けはしまい。

「じゃあみなさん、これから決して言葉を発しないでくださいよ。騒音による妨害だと見なしますから」

 半ば、挑発にも近い言動。
 ゲンブはその目に苛立ちとわずかな関心をその表情に滲ませていた。

 ――「あんちゃんよぉ、あんまナメんほうがえぇぞぅ?」。
 そう言いたげな視線。

 しかし、契約のせいでなにも言えずに黙っている。
 これだけでも十分に勝った気になってしまうが、まだ終わりじゃない。

 むしろ、重要なのはここから。
 ボクはエリィへと声をかける。

「ねぇ、エリィ。ボクが……」

「――ボクがキミを、助けてあげようか?」

 顔に笑顔という名の仮面を張りつけて、囁く。
 やさしい言葉には毒が仕込まれているが、エリィは気づかない。

「……! 本当に? あんたは、あたしたちを助けられるの?」

 お前が「助けろ」と言ったんだろうが。
 と返したくなるが、エリィも本心では助かるなんて思っていなかったのだろう。

 その動揺が言葉に出ているのだ。
 まるで夢でも見ている気分になっているのかもしれない。

 さぁ、差し伸べられた救いの手はここにあるぞ。
 掴んでいいんだよ?

 ――もちろん、それは幻想でしかないが。

「ああ、助けてやる」

「な、なら! 一緒にエレミアおばさんと、エレオノールお姉さまと、エロエロフおばあさまと……」

 次々と助けて欲しい人の名前をあげていくエリィ。
 しかし彼女は、エレナの名前だけは挙げなかった。

 ボクはそんな彼女に、ゆっくりと首を横へ振る。
 なるべく悲し気な表情を作って。

「助けられるのは、キミとお父さんだけなんだ」

「なっ、なんでよ!?」

 さっきのボクとゲンブの会話を聞いていなかったのか?
 頭の悪さに苛立ちを覚えるが、それを表には出さず、申し訳なさそうな表情を作る。

「ごめんね。それがボクの限界なんだ」

「は、はぁ!? 意味分かんないし! あんた、あいつらの仲間なんでしょ? だったら、もうちょっと融通を利かせなさいよ! みんなのことくらい助けられるでしょ!?」

 ほんとにイライラするな、このガキャァ。
 いったい、さっきの会話をどう解釈したら、そんな結論が出るのか。

 これだから頭の悪い女は。
 世界のルールよりも自分の思い込みが優先されるとでも思っているのだろうか。

「だいたい、あんた! そんなにきちんとしゃべれるなら最初からそうしてなさいよ! もしかして、あたしたちを油断させるために、わざとバカなフリをしてたの? 騙すなんて、最低! ちゃんとみんなを……エレナは、その、もうダメだから仕方ないけど。ほかの人は助けなさいよ!」

 あ~、ダメだなコイツ。
 べつの作戦に切り替えたほうがいいわ、こりゃ。

 本来の作戦では、ボクはエリィと協力してことを進めるつもりだった。
 彼女は年齢のわりにはかなり賢く、ボクの言っていることも理解してくれるだろう、と予想していた。

 予定が狂ってしまったが、仕方ない。
 職業『商人』として冷徹な判断が必要だ。

「ごめんねエリィ。じつはあの演技もみんなを助けるためだったんだ。けれど、ゴメン。ボクの実力が及ばなくて……キミたちを、心の底から助けたいと願っていたのに!」

 ボクは「ひしっ」とエリィを抱きしめた。
 ちなみに言ってる内容はテキトーだ。

 勢いで誤魔化しているだけ。
 まぁ、このバカ女にはこれくらいでも十分だろう。

「ヒィっ!? イヤ! 気持ち悪い! 触らないで……!」

「ごめん……ごめんなさい。本当にごめん。助けられなくて、ごめん……」

 ボクは何度も謝罪しながら、声を震わせた。
 涙を流し、エリィをさらに抱きしめた。

「……あん、た」

 エリィはわずかにたじろいだ。
 ボクは抱きしめる腕に力を込める。

 彼女のまだ12歳相当の身体はとても華奢で、小さかった。
 このまま力を加えれば壊れてしまいそうな、脆さと儚さがあった。

(あぁ、このままコワシタイ)

 おっと、いかんいかん。
 欲望に引っ張られそうになった思考を、理性で引き戻す。

 代わりに「すぅうううはぁあああ」とたっぷり息を吸い込んだ。
 エリィの匂いを堪能する。

 清涼な柑橘系と、お日さまの混ざったような匂い。
 それに加わる芳醇な血の香り。

「もしかして、あんたは本当にわたしたちを……」

 エリィの抵抗が弱まった。
 ボクは抱きしめながら、視界内のウィンドウを意識カーソルで操作した。

 呼び出したのはジョブの一覧。
 そこから詳細を呼び出し、マジックを発動させる。

「発動――マジック<鈍化>」

「ぇ?」

 ボクは密かに、手のひらをエリィの後頭部に添えていた。
 そこから発生したもやもやとしたエフェクトが彼女に絡みつく。

「なっ!? いったいなにする、の、よ……」

 エリィの口調からキレがなくなっていく。
 目も虚ろになっていた。

(やった! エンチャント成功だ!)

 マジック<鈍化>。
 職業『エンチャンター』が使えるマジックのひとつだ。

 対象の思考能力を低下させるデバフ系。
 中でも、知能の高い魔物を対象に取ったときにこそ、そのポテンシャルを発揮する。

 ボクがゲーム時代に高難易度なテイムを行う際も、よくお世話になっていた。
 基本的に<テイム>の効きにくい魔物は、知能も高いからなぁ。

 難点は相手が万全だとほとんどレジストされてしまうこと。
 つまり、本来ならなんらかの状態異常にしたり、ダメージを与えてからじゃないと効かないのだが……。

 今回はべつだ。
 すでにリョウが魔銃でたっぷりとダメージを与えてくれていた。

 さぁ、ここからだ……!
 ボクはぼぅっと虚空を眺めるエリィに囁いた。

「――キミの力をボクに貸して欲しい」


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