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第37話『スキル<交渉術>』

(そうだった! この世界において、テイマーってのは奴隷商人のことを指すんだった!?)

 ボクが低レベルだということはすでにバレている。
 職業レベルが高いことはまだ、バレていないようだが……。

「周囲にほかの奴隷商人や、人間は見たヤツはいねェかァ!?」

 大声でリョウは周囲へ尋ねた。
 その質問に全員が「否」を返している。

「やはり、のぅ」

「どういうことですかィ?」

「かはっ、かはっ、かぁあああはっはっはっはげほっごほっ!?」

 奴隷商団の団長は大口を開けて笑い出し、咽せていた。
 リョウがそんな彼を慌てた様子で解放していた。

「だ、大丈夫じゃぁよ。しかし、どぉにもこの笑いかたには慣れんのぅ。話しかたはなんとか自然に真似できるようになったんじゃがなぁ……いったい、わしのオヤジやジーサンはどっから声出してたのかいのぅ」

「いえですから前から言ってますがァ、いくら団を引き継いだからと言って、そんなトコまでマネる必要は……。ほんとカタブツなんですからァ」

「さぁて、遅くなってしもうたが名乗らせてもらおうかのぅ。わしの名前は”ゲンブ”。この奴隷商団『玄武団』の3代目団長をやっておる。『3代目』でも『団長』でも、好きに呼ぶがえぇ」

 団長――ゲンブがそう名乗った。
 あんなやり取りをしていたのに、威圧感はちっとも軽減されていないのが怖い。

「いやいや団長~! 相手だって奴隷商人なんだから、名乗らなくたって団長のことくらい知ってますよ!」

 ヤジのような声がほかの奴隷商人から上がる。
 当然、ボクが知るわけない。

 ボクの知識は最低でも100年以上前のものなのだから。
 あるいは、彼の祖父とならばゲーム時代に面識でもあったかもしれないが。

「なぁに、たとえどれだけ大成しようとも礼儀を忘れる理由にはなるめぇよ。なによりよぉ、この地位はわしが自分の力で得たもんじゃぁなかろぅて。未熟者のわしに驕る余裕はないよのぉ」

「は〜。相変わらず、団長はお堅いね〜!」

「それで、あんちゃん。わしは名乗った。次は、おぬしの名前と所属を聞かせてもらえるかのぅ?」

 所属ってなんだ!?
 『日本』とか答えたら間違いなく変な目で見られるよな?

 動揺して言葉に詰まる。
 そんなボクへとゲンブは助け舟を出してくれた。

「まぁ、やはり答えづらかろぅて。それはそれでえぇ。かわりにわしの予想を聞いてくれやぁ。そして合っていたら、ただ頷いてくれりゃぁえぇ」

 ゲンブはどこか確信を持った声で告げる。
 まるで犯人当てゲームをする探偵のようだった。

「まず、なぜあんちゃんがここにいるのか。……おぬし、わしらのおこぼれを狙って来よったなぁ?」

 目を細め、口を半月に開いて凄惨な笑みを浮かべた。
 その視線には底冷えのするような冷徹さが秘められていることに気づき、身体が強ばった。

「いったいどうやって嗅ぎつけたのかいなぁ? この大規模な仕入れに関する情報は、徹底的に秘匿しておったんじゃがのぅ? 事前に知っとった一部の者には、外部へ漏らせないようにマジック<契約>を結んどった。それ以外の者に知らせたのは今朝になってからなんじゃが」

 ベンブは自身のあごを指先で撫ぜる。

「にもかかわらず、どうにもあんちゃんのほうがわしらよりも先にここへと到着して、すでにひと悶着しとったらしい。これはおかしいのぅ? じつに不可解じゃぁ」

 ゲンブはボクが素っ裸であることを指摘して、言う。
 彼は「そこで」と指を2本立てた。

「わしゃはふたつの可能性を考えた。ひとつは、あんちゃんが……いや、あんちゃんの所属する・・・・奴隷商団がべつのルートからここを探り当てた。じゃあ、それはまずありえないと言っていいのぅ」

「……」

「わしらだってここを見つけられたのは、偶然が重なった結果じゃからのぅ。そんな幸運が二度も重なるとは考えづらい。こうして現場での凌辱を許しておったのも、時間には余裕があると思っとったからじゃしのぅ」

 ゲンブが指を1本折り、自分で挙げた案を否定した。

「そこで、本命として考えるのがもうひとつの可能性……なんじゃが、これにもちぃと問題がある。それは単独でしか成り立たぬ、ちゅうことじゃのぅ」

 ゲンブが周囲の奴隷商人たちへと視線を巡らす。
 ひとりひとりに視線を合わせるように。

「いったいどこのバカもんが、故意であれ偶然であれ情報を漏らしたのかはさぁておき……。あんちゃんは情報を得ると同時に、即決即断で行動を開始したんじゃろぅ? つまりは仲間に秘密にしての、単独行動」

「……!」

 ボクの心臓がドキッと跳ねた。
 あの、これ……推測が全然、間違ってるんですけどぉ!?

 否定したら、それはそれで殺されるよね!?
 だって、こんなに気持ちよさそうに語ってるんだもん!

「あんちゃんは団の一員としての行動ではなく、個人でここを嗅ぎつけ、辿り着いた。ひとりかつあしを使い潰して走りゃぁ、わしらよりも先に到着することが不可能じゃあないからのぅ。いや、むしろ唯一の方法とも言えようのぅ」

 いえ。その、ちがいます……。
 とは言えない。

「そのためには、情報を得たその瞬間に行動を開始するという即断力が必要となる。あんちゃん、なかなかやりよるのぅ?」

「き……、きひっ……」

 愛想笑いをしておいた。
 なんかボク、優秀な奴隷商人ってことになっちゃってるけど……。

「じゃが、そこから先で問題じゃった。……じゃろぅ? そこまでは単独の強みが働いていたが、最後に単独の弱みが露呈してしまった。思い切りはよかったが、いかんせんレベルが足りんかったのぅ? 最後の最後で、そこの少女に返り討ちになってしまったのではないか?」

「え、と」

「あるいは――そこまで含めて・・・・・・・、おぬしの策略か」

「???」

 ゲンブはその発現こそが真実である、と言わんばかりに見栄を切った。
 え、なにどういうこと?

「おぬしはテオオザルを奴隷化しておる。それは運か? それとも……」

「っ!」

 ゲンブは途中の推理はともかく、最後で本質を突いてきた。
 めちゃくちゃ深読みされてしまっているが、『転生』なんてファンタジー世界ですらファンタジーな現象に理屈をつけると、そうなってしまう、ということなのだろう。

「いやはや。かぁはっ、かぁはっ、かぁあああっはっはっはごほっごほっ! ふむ、悪くないのぅ。あんちゃんがいったいどこの所属だろうともはや構わん。その判断力と行動力……うちの新人にも見習わせたいくらいじゃあ。だからのぅ、あんちゃん――」

 そこでゲンブの纏う空気が変わった。
 彼はそして、とあるキーワードを口にする。

「わしと”取引”をせんかのう?」

 瞬間、ログウィンドウに通知が走った。
 ボクの思考が覚醒する。

 ――『スキル<交渉術>が発動しました』。


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