春
桜が散った。雨が降ったせいだ。
桜が散ると、春が終わった気がする。
「春〜!君は終わったのかい?」
『いいえ、私は終わっていません』
「そうなのかい?じゃあ、春はどこにあるんだい?」
『ここです』
「……ここ?」
辺りを見回す。桜が散って、ピンク色が消え失せた景色に、春は感じられない。
「僕には分からないなぁ。もう少し他になにか教えてくれないか」
『もっと、あなたの近いところです』
「近いところ……」
足元に視線を落とす。汚れた自分のスニーカーと灰色のアスファルトばかりが目に入る。
「僕には分からないなぁ。もう少し他になにか教えてくれないか」
『先程近いところと言いましたが、反対に遠いところにもあります』
「遠いところ……」
うーんと首を伸ばして、さらには踵もあげてうーんと背伸びをする。少し霞んだ空が見えるばかりだった。
「そこら中、近くも、遠くも……僕は全部全部探したよ。でも僕には分からなかった……なあ、答えを教えてくれよ」
『お教えできません』
「どうして!」
『答えは、ないからです』
僕は落ちた桜を睨みつけた。
「あんまりだ!僕はこんなに必死に探したというのに!」
僕は落ちた桜を踏みつける。
春を踏みつける。
春は何も言わない。
僕はひとしきり踏みつけてから踵を返した。
驚いた。
春は、ピンクだけだと思っていた。
春だった。何もかもが春だった。ピンクでなくとも春だった。びゅう、と吹いた風は暖かかった。春だった。空の色がいつの間にか柔らかな水色になっていた。春だった。そこら中に、春があった。足元には、少しズレたところに黄色いたんぽぼが咲いていたし、まさか、と慌てて目を凝らせば遠くの山は綺麗な真緑だった。
「春だ」
僕は手のひらを握りしめていたことに気がついた。酷くぎゅっと握っていたらしい。ぱっと開けない。ゆっくりと開く。
「……春だ」
僕は、酷くおかしくなって笑った。
季節は、色とりどりの春だった。
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