タイトルのない愛の話

私があの人と出会ったのはいつの日だったか。ものすごく昔に出会ったような、いやいやものすごく最近出会ったような……とりあえず、私あの人と出会ったのだ。

「初めまして、よろしくお願いします」
今どき珍しく、礼儀正しくカクカクとお辞儀をするなぁと思った記憶がある。
だから私も、
「初めまして、よろしくお願いします」
と同じようにカクカクお辞儀をしたような気がする。
そんな何の変哲もない初対面を終えてから、私とあの人は少しずつ話すようになった。

あの人はちょっと変わり者だった。
動物が好きだと言っていた。動物のどこが好きかを聞くと、動物の体温を感じられるとこが好きだと返ってきた。特に犬が好きらしかった。犬は1番ふわふわしているから、らしい。
そういえば、犬以外にもふわふわで、あたたかいものが大好きだったような気がする。モコモコのルームウェアにソックス、ホイップがたくさん乗ったホットのカフェモカ、月一の楽しみらしかった泡風呂……なんだかどれも可愛らしい趣味ばかりだなぁ。

逆に何が嫌いかを聞くと、冷たいものが嫌いだと返ってきた。特に自分の体は冷たくて嫌いだと言っていた。じゃあ私があたためてあげようと手を握ってみたけれど、よく考えたら私は冷え性だから私も冷たいのだったと思い出して、ごめん、と手を離した。それでもあの人は、あたたかかったと言ってくれた。手が冷たい人は心があたたかいというのは本当だったらしい。

あの人のエピソードは語り尽くせないくらいだ。たくさんある。ありすぎて困る。
あの人の中には私のエピソードはあるだろうか。何の変哲もない話ばかりしてしまって、いつも気を使わせてしまっていた気がする。でも少しだけ、ほんの少しだけでいいから、あの人の中になにか残っていて欲しいと思う。

あの人はある日、寿命を知っているかと聞いてきた。私は寿命なんて誰にでもあるから知っていると返したような気がする。この辺りから私の記憶はぐちゃぐちゃとしている。知っていると返したのに、それでもあの人は私に教えるように始めたのだ。特別な寿命の話を。

分かりきっていた話がほとんどだった。なのに私は、初めて聞いたかのようにその事実に悲しくなって涙を流した。

あの人の寿命は短いものだったのだ。知っていた。初めからわかっていた。「初めまして」とカクカクとお辞儀をしたときから分かりきっていた。

所詮はロボットなのだ。寿命はおよそ10年。よくもって12年。短いと8年ほど。あの人はよく生きた方だ。でもずっとずっといるうちに、ずっとずっとずっと一緒にいたいと、あまつさえいれると思ってしまった。

私があの人と過ごすようになったのは実験のためだった。人型ロボットと生活をするという被験者の話を聞いて、お金も貰えるしと面白半分で応募をして、それが偶然当選したのだ。正直最新AIが入っているにしても所詮ロボットだろうと思っていた。それがこんなに人間のような、むしろ人間より人間にも見えるロボットだなんて、私は心底驚いた記憶がある。でも「初めまして」とカクカクお辞儀をしたとき、ああやっぱりロボットなんだなとちょっぴり思った。

そんなことを思った私だったはずなのに、時が経つうちに、あの人はかけがえのない人になっていた。ロボットなのにあたたかくてふわふわしたものがすきだとか、自分が冷たいのが嫌いだとか言うあの人が、たとえ人でなくとも、間違いなくかけがえのない人だったのだ。

12年。干支が1周するくらい、いつのまにか私とあの人は一緒にいたらしい。ちょっとずつ歳をとった私。アップデートとメンテナンスをされる度にちょっとずつ変更されていたはずなのに見た目があまり変わらなかったあの人。

いかないで、と私は必死に引き止めたような記憶がある。それでもあの人は優しく私を諭した。人生で1番泣きじゃくったような記憶もある。私の記憶はぐちゃぐちゃで、それはもう酷く不明瞭で。最後にやっと思い出せるのは、あの人が連れていかれて、もう誰もいない、ただの白さだけがはっきりとした部屋だった。それ以降はもう、あまり記憶が無い。

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