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肉割烹 鋒(大阪・心斎橋)

「綺麗やね。こうしてまた好きな子と見れるなんて、生きてて良かったわ」
クリスマスを明日に控えた御堂筋には、色とりどりのイルミネーションが光っている。青だったり赤だったりてんでバラバラで統一感がない。周囲を見渡すと、カップルと言うよりは、忘年会帰りのサラリーマンが目立つ。
「ごめんなさい。明日は先約があって一緒におれへんくて」
「ええんやって。まさか12月に入って彼女出来るなんて俺も思ってなかったし。今日こうして会えるだけで嬉しい」
そう言って長谷川さんは、私の手を握りながら豪華な目で見つめてきた。

「食事のあと散歩しよう」なんて誘いに乗ったのが間違いだったかもしれない。地元や京都に比べれば幾分マシだが、年の瀬の寒い街をわざわざ長時間歩いたり、見たくもないイルミネーションに「綺麗だね」と相槌を打ったりするのは堪える。いや、それ以前に、たった2週間かそこらで、お互いのことをよく知らずに「付き合う」という型にはめたのがそもそも良くなかったかもしれない。どうやら彼は、恋人ごっこと言うか、そういうクサいことが好きらしい。元夫も、学生時代に付き合った男たちも、みんなそうではなかった。だから、長谷川さんが悪いとかではなく、30になって女の役をしている自分が気持ち悪いだけなのだ。ただ、今まで縁がなかったような、東カレみたいな店に行けるのは面白い。仕事柄、ミシュラン掲載店だとか、一流割烹だとかに行ったことがないわけではない。しかし、それらの店はどこか「大阪的」で、若い小金を持った男女がデートするような、薄暗い、こじゃれた東京みたいな店というのは縁がなかった。

「わあ。白子と雲丹、お肉。最高ですね」
運ばれてきた先附に、私は演技でなく感嘆した。
「カナちゃんに喜んでもらえると嬉しい。育ちもええし、こういうの食べ慣れてるやろ」
「全然そんなことないですよ。だって私、長谷川さんと一緒で滋賀出身ですよ?」
「せやった。でも同志社のお嬢様やん」
長谷川さんに、実家の話はしていない。彼の経歴やふとした瞬間の立ち振る舞いから、子供の頃は苦労していたんだなということが何となくわかってきた。だからこそ、大学時代の話や家の話をするのはご法度だと思っていたし、大学名も聞かれたから答えただけだった。
「いやいや~。普通の家の人もいますよ。次は肉八寸か。何が来るか楽しみですね。長谷川さんって、本当にお店選び上手ですね」
私は話題を反らす。
「クリスマスディナーみたいなんしたかったんやけど、どこもいっぱいでごめんな」
「いやいや。私は美味しいもの食べれたらなんでもいいんですって」

「どれから食べるか迷うな。長谷川さんは、好きなものからいく派ですか?」
「なんでわかったん?」
長谷川さんが、センマイに手を付けた。
「いや、なんとなく。私と逆な気がしたからです」
そうだ。この人は、私と真逆だ。何もかも。同じ滋賀出身ということと、同世代でバツイチだということで親近感を覚えていたが、話題があまりないような気がする。
「そろそろ敬語と長谷川さんって呼び方やめてや」
「まだちょっと恥ずかしいです」
これまで年上の男と付き合ったり遊んだことは何回もあるけれど、敬語が抜けないということはなかった。やはり、どこかで私は長谷川さんと一歩距離を置いている。

「やっぱこれやな」
米沢牛の炭火焼は2種並べられていた。こんなに肉料理を一度にたくさん味わうことなんてそうないなと思ったが、初めての食事も今日と同じような肉割烹だったことを思い出して少し笑ってしまった。
「何笑ってるん?俺、何かした?」
「いや、長谷川さんってお肉すごい好きなんやなって思って」
「え?そう?普通やない?変?」
「変じゃないですよ。ただ、結構がっつり系が好きだったり意外で」
「男なんて皆そうやと思ってたわ」
「そうかもしれないですね。次は、焼肉屋さんとか行きます?いつもおしゃれなところばかりでも気が引けるし」
私は、少し試した。今日も、きっと一番高いコースだ。こういう店のお会計をさらっと払えるくらいの収入はあるかもしれないけれど、本質的に少し無理している感があるのだ。前も、結局聞きはしなかったけれど、年収を言いたげにしていたことがあった。マウントとかそういう類ではないのだろうが、男として強い部分を見せたいんだなというマッチョイズムを感じた。



「焼肉かあ。それもええね。カナちゃんそういうところも行くんや」
〆のすき焼きを口にしながら、長谷川さんが思い出したように言った。卵の黄身が綺麗で、私はいつ割ろうかさっきから悩んでいる。
「行きますよ。というか、こんなこと言ったら長谷川さんに引かれちゃうかもやけど、普段は大衆居酒屋とかばっかですよ」
「ええ。それこそ意外。似合わんよ」
「居酒屋のご飯も美味しいですよ」
もっと美味しくて良いご飯を食べている最中に何だという感じだが、普段の私を否定されたくなかった。見せないように見せないようにとしてきたが、これからどう転ぶか早めに図るためにも、あまり隠しすぎるのは良くないかもしれない。と思い始めたのも、さっきひょんなことから長谷川さんの元嫁の写真を見てしまったせいだ。
「あ、これ」
「元奥さんですか?」
「そうそう。あんま可愛ないやろ。恥ずかしいわ」
一度は好きで連れ添ったはずの相手を言うには酷い言葉だと思ったが、確かに画面の中にいたのは、お世辞にも綺麗と言える人ではなかった。
「学生時代からの、でしたっけ?」
「うん。同じ学校とかではないんやけど」
「また気が向いたらお話聞かせてくださいね」
長谷川さんの顔が一瞬曇ったのが分かった。多分、彼は元嫁のことを隠そうとしている。そのことに対し、私はあまりいい気持ちになれなかった。「付き合う」という、本来だったら別に取らなくてもよい形をとった以上は、多分、お互いのことを話すべきだ。


ライトアップの色は、御堂筋を北上し、大川に近付くにつれ、まとまりを帯びてきた。
「だんだんいい感じになってきたかも」
と、私は言った。
「ん?何が?」
「いや、独り言です」
「そう?今夜、どうする?カナちゃんの家行ってもいい?」
長谷川さんが、手をさらに強く握ってきた。わずかに汗をかいている。
「私のところは、ちょっと。狭いですし」
嘘だ。今朝私と一緒に部屋を出た、耕平との痕跡が残っている。
「そっか。いつか行かせてな。じゃあ、俺のとこ行こっか」
長谷川さんの家は、千里中央と聞いている。このまま御堂筋線に乗れば運が良ければ一本で着くが、明日のことを考えると面倒だなと思った。
「ちょっと、明日も用事があるんで今日は帰りますね。ごめんなさい」

メトロの御堂筋線を逆方向に別れ、心斎橋に戻り長堀鶴見緑地線に乗り換えると、車内はだいぶ空いていた。私は、さっき貰ったプレゼントの袋を開いた。世の女子が、欲しいと口を揃えて言うブランドだ。私も、店では喜んだふりをした。中には、四葉のクローバーをモチーフにしたネックレスが入っていた。
「やっぱり違うんかな」
私は一人心の中でつぶやいた。店にいる時は思ってみたものの、私のことを話すなんて出来るだろうか。

肉割烹 鋒
心斎橋
日本料理
肉割烹 鋒 心斎橋 (KISSAKI/ニクカッポウ キッサキ) - 長堀橋/日本料理/ネット予約可 | 食べログ (tabelog.com)

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