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新鮮処とろろ(大阪 西大橋)

学生時代のバイト仲間で偶然にも同じ高校出身。趣味嗜好や考え方も合って、今では彼の起こした会社で共に働いている。新卒で入った支店で私のOJT担当だったレミさんの今のパートナーの話を聞いて、嫉妬しなかったと言えば嘘になる。

「レミさんも、ご家族とかお友達とかあるのに、私のために時間割いていただいてありがとうございます」
「ええよ。タクミとは実家も近いから年末年始の帰省も一回で済むし。久しぶりやなあ。私が上京して以来だから、2年半ぶり?」
「もうそんな経つんですね。相変わらずお綺麗で。やっぱりレミさんは私の憧れです」
「いやいや。カナちゃんもえらい綺麗になって。痩せた?なんかあった?久しぶりやし色々聞かせてな」
「はい。お店まで選んでいただいてありがとうございます。あん肝、最高ですね。あ、馬刺しもある」
「仕事で調べてるから、大阪で行きたい店どんどん溜まるんよ。馬刺し良いね。年末やしたくさん食べよ」

タテガミの白い部分が口の中で溶ける。
「美味し〜。そう言えばカナちゃんは、結婚生活は順調?」
レミさんが、横長の大きい目を細めながら言った。そうだ。最後にレミさんに会った時は、まだ婚姻中だった。あの春だ。元夫が遠隔地への転勤を命じられ、私は大阪に残ることを決めた。特に、仲が悪いとかどちらかが不倫したとかDVとかそういうのではなかった。妻としてしおらしく夫について知らない土地に行くほど、男を好きじゃなかった、それだけだ。次第に溝は深まり、私に子どもができなかったのもあって、離婚は簡単に進んだ。
「それが。2年前、別れちゃったんですよね」
「え。なんかごめん。全然気付かんかったわ」
「会った人にしか言ってないんで良いんです」
SNSは、仕事の発信以外は見る専用になっていた。専業主婦になった友人がアップする幼い子どもが楽しそうに歩き回る姿、外資系に転職した元同期が毎日のようにアップする高そうなレストラン。Instagramは、本当か嘘かはわからないけれど幸せに満ち足りていて、そんな中に、離婚報告なんて上げられる訳がなかった。

「愚痴りたくなったら言うてな。仕事は順調?最近はイベント系も復活してきたんとちゃう?」
「おかげ様で。転職してそんな経たずにコロナで焦りましたけど今はなんとか。1人でもようやく立てるようになってきた感じです。まあ銀行にいた方が給料は良かったやろうけど」
「やりたいことしたくて辞めた組としてはわかるわ。まだまだ30過ぎたところやしこれからよ。なんか前より綺麗になってるし、離婚して重荷が取れたんとちゃう?」
「そうかもしれませんね」
脳裏に、長谷川さんと耕平の顔が交互に浮かぶ。30代独身でも、仕事に打ち込んでるならいい女かもしれないが、別れてまで別の男を渡り歩くなんて、我ながらダサすぎる。いつから、常に男がいないとダメになったのだろう。

「あ、あん肝鍋きたよ。あんこう鍋はたまにあるけど、こんなあん肝がどろどろに入ってるのは初めて見たわ」
「スープ飲み干しそうです」
「痛風なるわ」
「あん肝とか白子とか食べれなくなるくらいなら、痛風で早死にした方がマシです」
「カナちゃん。昔から冬来るたびに同じこと言うてない?」
火がついた鍋の火照りで顔が赤くなる。ビールが進む。どうせ明日からも休みだ。日本酒に移るのも良いかもしれない。

「レミさんは、良いなあ」
ちょっと軽めのものを、と思って頼んだ山芋をつまみながら酒が進み、つい口走ってしまった。
「何、いきなり」
「タクミさん、お会いしたことないけど、写真で見た感じかなりイケてるし、レミさんともお似合いやし。事実婚って言うのも、親とか世間に媚びてなくてかっこいいし。レミさんの書く記事もいつも面白いし。関西カレンダー、読んでますよ」
「褒め過ぎ!そんなのそれぞれやし、カナちゃんも大人になってから大学院入ったり偉いやんか。充分だよ」
「恋愛が、いつも上手くいかないんですよね」
「はは。私もずっとそうやったよ。長いこと彼氏いなかったのも知ってるやろ?なんか、今悩んでることあるん?」
「夫と別れて、新しい人見つけなきゃって何故か焦ってしまって。多分、コロナで仕事もうまく進まないし、学校通ってたころの忙しなさも無くなっちゃって、暇だったんだと思います。何人か遊んでみたけど上手くはいかなくて。新しく、付き合おうと口約束した人はいるんですけど、違和感増える一方なんですよね」
「どんな人なん?どこで会ったん?」
「たまたま行った立ち飲み屋で。やっぱり、昔からの知り合いとか、同僚とか同じコミュニティとかじゃないと、話してて違和感というか。今はアプリとかも流行ってますし、私が考えすぎかもやけど」
「そっか。でも、良いと思ったんやろ?別にまた結婚しなきゃいけない訳やないし、とりあえずキープしといたら」
レミさんは、飲もかと言って熱燗をさらに2合頼んだ。

恋愛に溺れたくない、この思いが、私を頑なにさせているのかもしれない。遠い昔の記憶が脳内で繋がった。明日明後日は空けといてねと言われている。朝、私の家の近くまで迎えに来てくれるらしい。口約束をした、彼が。


新鮮処とろろ
大阪 西大橋
鍋料理 居酒屋
新鮮処ととろ - 西大橋/馬肉料理 | 食べログ (tabelog.com)

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