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ふうびとすうろ(京都・河原町)

結局、2回目の三連休を優樹と過ごすことはやめにした。今更予約が取れるかもわからない旅行の提案にも心は踊らなかったし、先週のデートで、「やっぱり違う」という思いは決定的になった。

今週末は、今まで眺めているだけで何もアクションを起こさなかった、自分の将来について改めて考えてみることにする。もうそのための予約もした。優樹には、「両親が来ることになった」という見え透いた嘘を吐いた。じゃあ休み前の木曜は?と言われたので、仕事終わりにこうして会うことになったというわけだ。

夜7時、四条河原町で待ち合わせる。休み前だからどこもいっぱいだろう。予約を取ってくれていると思ったが、もちろんそんなわけはなかった。男性という生き物に、変に期待してしまっていたのが駄目だったのだ。
「何食べたい?」
「うーん。お肉。焼肉以外」
既に乗り気でない私は、適当に答える。
「おっけー。なんかある?」
私はiPhoneを取り出して、近くの店を探す。
「あ、ここ美味しそう」

私たちは、運良く河原町と烏丸の間にある肉バルに滑り込むことができた。店内は、若い人たちで活気に溢れている。大学生のアルバイトだろうか。数量限定だと言われて頼んだ牛炙りネギトロを目の前で炙ってくれる、名札を付けた店員の女の子の笑顔が眩しい。自分と同世代に見えるだろう優樹と、明らかに30歳の私を見比べてどういう関係だと思うのだろうか。こんな明るい子は、そんなどうでも良いことを気にすることもないだろうか。

「美味しい。ワサビが合うわ」
私は精一杯明るくふるまう。本当は、もうこの場にいたくないのに。優樹は何も知らなそうな顔をしている。私の首元を何度か凝視した気がするが、理由はよくわからない。
「あ、この和牛とカマンベールのアヒージョって美味しそう。野菜も食べないとね。野菜のバジルソース和えは?何来るんだろ」
カマンベールチーズが丸ごと1個入っているからか、油っぽさがなく、良い意味でいつも食べているエビやキノコのアヒージョとは違う気がする。

「愛佳さん、いつもお店とかさっときめてくれてありがとう。俺頼りなくてごめんね」
「いいよー。私はほら、京都長いし。知ってる方がやればよいんだよ何でも」
私は、本来男女関係において先導していくタイプでもないのに。けれど今はこう言っておくしかない。美味しいものを食べながら、しかも店の中で空気を悪くするのは最悪だ。言いたいことは帰り道で言えばよい。茄子のバジルソース和えをつまみながら、そんなことを考える。そうだ。そんなに共通の話題もないから、2人の間には結構な頻度で沈黙が訪れる。そしてその沈黙を楽しめるほどに関係は深まっていない。

「お肉、他何食べたい?」
「おすすめのスペアリブは?」
そう。食べ物の趣味だけは合うのだ。だからか。何回かのデートを重ね、一応「付き合う」という形に落ち着いたのは。スペアリブは食べやすい形にカットされており安心する。もう別れを決めた男の前でも、食べづらいお肉に悪戦苦闘する姿は見せたくない。

3杯目のなみなみに注がれたスパークリングワインを飲み干し、頼んだ料理がなくなったところで私が切り出す。
「そろそろ出ようか」
多分優樹は、このあと私の部屋に招いてもらえることを期待している。部屋で話しても良いのだが、情が移りまた関係を持ってしまっては今後に障る。
「途中コンビニで何か買っていく?」
「いや、それより雨も上がったし歩かない?」
週末の台風予報はどうやら外れてくれそうだ。オープンキャンパスも無事開催されるだろう。
「いいね。鴨川とか?」
「そうしようか」

雨上がりの川沿いは、地面が濡れているからか人はあまりいない。
「優樹くん。私ね。やりたいことがあるの。というか、最近できたの」
「そうなの?良かったね。何?」
「大学院に行こうと思って」
「え?本当?いつから?」
自分も修士を出ているからだろう。共通項を見つけたという嬉しさで、優樹の声が一瞬弾んだ。
「受かるかわからないけど。来年からと思ってる」
「そっか。忙しくなるね。仕事はやめるの?」,
「いや、生活もあるし、学費だってプラスされるし仕事はやりながら。今の部署にいるうちなら時間にも余裕があるし今しかないかなと思って」
「凄いね。俺は、理系だったし流れでそのまま行っただけだし、学費も親持ちだったから」
「ありがとう。でね」
「何?」
優樹の表情が一瞬にして強張るのが見てとれる。

「私、もう優樹くんとは付き合えない。ごめんね」
「え?なんでそうなるの?普通にさっきまで楽しそうにしてたじゃん」
「だから、忙しくなるから」
「会える時に会えばよいじゃん」
この子は何もわかっていないのだ。当たり前だ。私の心の内なんて、私しか知らない。
「そういうんじゃなくて」
「じゃあ何」
「もう、恋愛とかで生きたくないんだよね。私、優樹くんと知り合うちょっと前まで、長く付き合っていた人がいたの。結婚するんだと思ってたし、仕事はほどほどに頑張って、良い奥さんお母さんになろうと思っていた」
「それ、俺じゃダメなの?」
「優樹くんとそうしていけたらなとも思ったよ。私は普通の生き方をしていく女だって周りは思っていただろうし自分でも思っていたし」
「でもね。そうじゃない道もあるんだって、教えてくれた人が何人かいたの。だから、ごめんなさい」

もう次の季節に進んでいることを教えてくれている夜風が、私の見方をする。
「そっか。ごめん。俺もいきなり盛り上がりすぎたのかも」
「謝らないで。優樹くんなら、きっとすぐに良い人見つかるよ」
本心から出た言葉だった。私とは合わなかっただけだ。そして、結局は、私のタイミングが恋愛に向いていなかったのだ。誰かを忘れるために、たまたま現れた誰かに飛びついてしまうなんて、大人として本来やるべきことではなかった。けれど、それが結果として自分の進みたい道を示してくれたのかもしれない。

私は西へ、優樹は南へそれぞれ足を進める。自分の中に湧いたこの夢がどうなるかはわからない。そして、学校に入ったとして、その後のビジョンを描けているわけでもない。けれど、私は自分のしたいことがしたいのだ。まだ30歳。始まったばかりだ。

ふうびとすうろ
京都・河原町
肉バル
ふうびとすうろ - 京都河原町/バル・バール/ネット予約可 | 食べログ (tabelog.com)

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