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グリルキャピタル東洋亭(京都駅)

今日の夕方の新幹線で戻ってくるという彼女に、「お祝いはまた今度になるけど、とりあえず一緒に晩御飯でも」と声を掛けたのは自然な流れだった。午後3時、これから東京駅を出ると言う彼女から、「うん。じゃあまた京都駅あたりで」と、すぐに返事が来た。

午後6時前、日曜日の八条口は、新型ウイルス(もう2年以上も経っているのに何が新型なのか)の感染者数も高止まりしているにも関わらず、京都観光帰りの人々で賑わっている。もうここまでくれば、罹った時は罹った時だし、政府すら促していない自粛なんてしている方が珍しいのだろう。

小柄な体に似合わない大きなスーツケースを引いた女性が改札から出てくる。
「お待たせ。はあ。なんかやっと息できるって感じだわ」
会うのはたった1週間ぶりなはずなのに、なぜか少しやつれて見える。そうだ。それとはあまり関係ないはずだが、この1週間の間に、彼女は30代になっている。
「荷物、重い?とりあえず、駅でご飯食べようか」
彼女のスーツケースを引き取って、肩を並べて歩く。付き合う、という約束を交わしてから、敬語を取り除くように努力している。

「あ、東洋亭。ここにもあったの知らなかったわ」
と彼女が言うので、名店街の並びにある洋食店に入る。
「行ったことない?京都では有名なんだよ。確か、ポルタの方にもあるはず」
そろそろこっちに来て半年が経とうとしているが、一緒に外食できるような仲の人と言えば、彼女を除けば、この前久しぶりに飲んだサトルさんか会社の同期くらいしかいない上に、あまり一人で知らない店に入っていけるタイプでもないので、「京都や関西では有名」といったような店も全然わからないという事実を思い知る。

「私、とりあえずワイン飲んで良い?お昼も東京駅で一杯だけビール飲んじゃったけど…。あとは、トマトのサラダも美味しいよ。文字通り丸ごと」
「じゃあ僕も同じので。ハンバーグはどれがいい?人気NO.1ってあるし、このノーマルの、百年洋食、がいいかなあ」
「私、それにする。ライス…は昼に食べたしパンだな」
「じゃあ僕はライス」

彼女が言う通り、丸ごと一個のトマトが鎮座したトマトが、マヨネーズで和えた野菜の上に乗っかっている。一口食べると、思ったよりも酸味が強い。確かに、ワインにも合う。ドレッシングも、この店専用のものなのだろう。下のサラダとトマトと相まって、絶妙な美味さを引き出している。
「美味しいでしょ?」
「うん。推されている理由が分かった気がする」
身内の死を経験したばかりでさぞかし凹んでいるだろうと思っていたが、想像より遥かに元気そうな彼女の笑顔を見て安心する。付き合い始めたばかりの自分の前だから、気を遣っているだけかもしれないが、取り繕えるほどの力が残っているだけ良しとすべきなのかもしれない。

「聞きにくいけれど、ご実家の方はどうだった?」
「全然聞いてくれてよいよ。お祖母ちゃんもかなりの年だし、老衰だしね。子どもや孫たちに見送られていい最後だったと思うよ」
「ならよかった。実家は、久々だっけ」
「うん。コロナ始まってからは初めてかな。今回は事情が事情だけに全然ゆっくりできなかったけど。たまに帰るのもよいものだね。しっかりやってるところ、家族にも見せてあげなきゃって思ったよ」
彼女の前を向いた表情に見惚れる。こっちで同郷の人に出会ったのが運命だと思ったとか、容姿が好みだったとか、彼女にグッときた理由は色々とあるが、何よりも、このしっかりと地に足のついた感じに惹かれたのだと思う。

パンパンに膨らんだアルミホイルが運ばれてくる。真ん中にナイフで切り込みを入れると、ジャガイモなどの付け合わせの野菜と共に、ハンバーグが現れる。
「やっぱ美味しいなあ。パンにしてよかった。お下品だけど、このデミグラスソースにつけると美味しいわ」
アルコールが入ると、彼女のイントネーションは少し関西風になる。10年以上もこっちで暮らしているのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。
「美味しい。僕もパンにしたらよかったかな」
「おかわりしちゃう?あ、やばい。私、お昼も東京駅で結構な量の定食食べたんよね。もう30なのに太る一方だわ」
「愛佳さん、小柄だし、全然太ってないから気にしなくて良いのに」
「気にするわ!30超えたら落ちにくくなるっていうしなあ。でも今日は特別。あ、パン、お代わりください!」
「ははは。ワインはもういらない?」
「え、いる。あ、ワインも貰ってよいですか?赤で」
「よく食べるババアだなと思ったでしょ。今の若い子はほっそいし本当に食べないもんな。もう今日はいいのよ」
いや、多分男はみんな、変に我慢して食べない子よりも、美味しそうに食べてくれる子の方が好きだ。でも、今それを言うとわざとらしいから、敢えて言わないでおこう。

「今日はありがとう。しかもすっかりご馳走になっちゃって。私のせいで色々と予定狂わせちゃってごめんね」
「いえいえ。どういたしまして。また来週にでも改めてお祝いさせてね。週末は空いてる?」
「うん。土曜日の夜とかどう?どうって、祝ってもらう立場が言うセリフじゃないね笑」
「土曜日の夜、わかった。また連絡させて。愛佳さんは、地下鉄?改札まで一緒に行くよ」
「うーん。荷物多いからもうそこでタクシー拾う。ありがとう」
正直、なぜ彼女が自分の告白にYESの返事をくれたのかもわからなかった。あの夜は勢いに任せたが、彼女から自分に対しては恋愛的な好意は感じなかったし、5歳も年下の男なんか頼りないだけだろう。今回彼女の身に様々なことが起こる中で、決断を変えられてしまうかも不安だった。でも、その心配はおそらくなさそうだ。
「あ、タクシー来たよ」
「うん。四条烏丸までお願いします」
タクシーのドアが閉められる。あ、と僕は声を上げる。彼女はどうやら気付いていないらしい。後部座席のドアには、四葉のクローバーが鮮やかに描かれていた。

グリルキャピタル東洋亭 近鉄店
京都駅
洋食・ハンバーグ
グリルキャピタル東洋亭 近鉄店 (TOUYOUTEI) - 京都/洋食 | 食べログ (tabelog.com)

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