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ヨコボリ(大阪・北浜)

手が冷たい子だなと思った。自分は暑がりなので、その冷たさが気持ちよかった。

顧問先とのつながりで、この店はよく訪れている。今日も、近くの会社訪問を終えてからすぐの6時に入店しているにもかかわらず、満員だ。いつものことか、と思うが、ふとiPhoneのカレンダーに目をやると、今日は金曜日だった。
「この辺の店、結構若くて可愛い子多いよな。昼間はよれたサラリーマンのおっちゃんばかりやのに」
若手の士業連中が集まるゴルフコンペで一緒になって以来仲良くしている服部先生とは、もう3年の仲だ。この近くで開業しているので、久しぶりにと誘った。
「確かに。市内はなんか眩しいですわ」
「北摂の金持ち相手に商売してるやつがよう言うわ」
うちの事務所は豊中にあるので、割と地元の土地持ちを相手にしていると思われがちだが、こうやって足や伝手を使って市内まで出てきている。さして大きい顧客がいないのに5年でここまでこれたのは、自分のフットワークの軽さと人当たりの良さの賜物だと思う。

「お姉さん、めちゃショートカット似合いますね」
服部先生が、後ろの席にいた女性2人組に話しかけた。背が高めで髪が短い方と、背が低めで長い方。短い方が先輩だろうか。2人ともタイプは違うが、確かに綺麗な女性だ。服部先生が声をかけたくなるのもわかる。
「いやいや、そんな。ありがとうございます」髪の短い方が、遠慮がちに返す。
「どう。もう一杯?長谷川先生、ええやんな?」
先生、という言葉に、髪長い方がぴくりと動くのがわかった。目は、服部先生のジャケットについた弁護士バッジを捉えている。
「飲みましょう〜」
甘ったるい声で、髪の長い方、若い方が答えた。

流れで、女性たちのテーブルに移る。服部先生と自分は、タイプは真逆だが、正直言うと、お互い職業を言わずとも女性には好かれるという共通点がある。2年前、自分がまだ結婚してた頃も、服部先生は飲みの場に誘っては、女の子に話しかけ、自分を巻き込んだ。

「あ、白子食べてるんや。俺らもさっき食べたで。シーズンやもんな」
「白子最高ですよね!この値段でこの量!この店、初めて来ましたが美味しいですね」
髪の短い方がいきなり目を輝かせた。と同時に、俺と目が合った。思わず会釈をする。すぐさまそれが返ってくる。が、すぐ目を逸らされた。今まで会ったことのないタイプだなと思った。

服部先生が、場を盛り上げている。最初、髪の短い方に話しかけたのに、長い方と懇ろのようだ。
「お姉さんは、よくここ来るんですか?」
嫌がられたら困るな、と思いつつ、俺は髪の短い方に話しかける。話を聞いていないのか、無視された。
「あ、グラタンきたー!」
彼女の声が急に明るくなる。
「えみちゃん。牡蠣グラタンきたよ。酒粕だよ!神でしょ」
「わー!流石です。先輩いつも美味しいもの知ってますよね。感謝。会社辞めてからもまたこうやって飲めて嬉しいです」

「2人は会社の先輩後輩なん?」
短い方に、当たり障りのない質問をする。
「もともとは。でも、私が去年転職したから、今は違うんです」
「そうなんや。何系だったん?」
「元々このへんの銀行で。今はコンサル的な仕事してます」
「そうなんや。ちょっと近いかも」
ジャケットにさりげなくつけた税理士バッジが彼女の目に入ってないか確かめる。
「お兄さんも、大変ですね。わざわざ女の子と飲みたくないって顔してる」
「え、そんなことないって。俺バツイチだから、長いこと結婚してたし店でナンパとか慣れてないけど」
「え。私も」
「ん?何が」
「結婚、してたことあります」
胸が高まった。同時に、彼女の手が伸びてきた。俺も、すかさず手を伸ばす。
「仲間、ですね」
彼女の手は冷たかった。12月だから当たり前か。



ピクルスが残されている。誰も手をつけようとしない。
「ええ感じやんか!な!?」
服部先生の言葉が耳に入らない。
きっとこの子だ、そう思った。

ヨコボリ
大阪・北浜
立ち飲み

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