見出し画像

台風飯店(大阪・谷町六丁目)

「でも、それお父さんとか許すん?自分の知り合いの息子と別れてから連れてくるのが高卒とか。しかも同郷って、色々調べられるんちゃうん?」
サッポロの大瓶をコップに注ぐなり、高校時代からの親友の奈美は言う。
「高卒やなく専門卒な」
「どっちでもええけど。てかあんたは大丈夫なん?話は合うん?」

「いや。結婚するつもりはないし。第一学歴だけが全てじゃないやろ。今バリバリ働いてて、稼ぎもええんやし」
「そんなもんなんかなあ。まああんたがええならなんも言わんけど」
正直、長谷川さんが大学を出ていないと知った時は驚いた。驚いたというのは失礼かもしれないが、それほど15歳以降の私の世界は規定されていた。同年代の大学進学率が50%位だとしても、私の周りではほぼ100%。長浜の近所の子らには、高卒で働いているというのも沢山いるけれど、今関わりは殆どない。

「逆に良いかも。ウブな感じ?backnumberとか聴いて感動しそうな」
「なにそれ。カナが1番バカにしそうなやつやん。てかバツイチでウブってなんなん」
「変に擦れてないねん。私らみたいに、大学で遊んできてないから。結婚も早かったみたいやし」
「ふーん。まあええんちゃう。離婚して、あんたは1年半?ちゃんとした彼氏っていなかったもんな」
「うん。この人ならって思えただけでも進めた感じ」

盛り合わせをつまみながら、大瓶をおかわりする。この店は、空堀商店街の中にある私のマンションからもすぐで、駅からも近いので、同じ谷町沿線、都島の分譲マンションでDINKS生活を送る奈美との待ち合わせ場所になっている。開店から少しは、近所の人気店の系列ということもありなかなか入れなかったが、コロナ禍を経て落ち着いてきた。
ただ、ちょっと間曖昧な関係を続けてきた、近所に住む同い年の耕平ともよく来ていたので、なんだか気まずい。そうだ。耕平。別に名付けた間柄じゃないから特段何も言っていないが、はっきりと切らなくてはいけないのか。

「奈美はどうなん?」
「どうなんも何も。ただの人妻やし何かあったら困るやろ」
「別に浮ついた話やなくてもさ」
「お義母さんが、子どもは?ってうるさいくらい?30過ぎてるし、しゃあないよな」
大学は別だったが、同じ京都で青春時代を過ごし、奈美とは付かず離れずで、お互いの男関係も全て知り尽くしている。お互いそれなりに遊び、傷付き、けれどそんな日々を楽しんできた。同時期に結婚し、私たちもこれでやっと幸せな普通の女になれるね!と言い合ったのが4年前。結果、私は脱落し、奈美はその地位をキープしている。キープすることが、どれだけ大変かはわかるけれど、また1から恋愛市場に放り出されて、新しい人を探していくことの苦労と、どっちがマシだろう。この2年間、完全に1人を覚悟するという選択が取れずに、毎日が孤独だった。

「で、何が良いん?その男の」
「んー。大阪にいる男にしては珍しく、かっこつけてくれるというか。愛情表現してくれるというか」
綺麗に黄身が割れた半熟卵をつつきながら、ああ、長谷川さんとの食事はまたコースやったなと思う。こんな感じの、気軽な飲み屋にこれから2人で行くことはあるのだろうか。ポテサラとかトマトスライスとか、そんなものをつまみながらビールを飲みたい日もあるのに。彼の、スーツじゃない時でもやけに綺麗めな格好は、私たちが普段グダを巻くような居酒屋には似合わない気がする。

「愛情表現、か」
「慣れてなくてちょっと恥ずかしいけど」
「やろうな。まああんたが、お金!って即答するタイプとは思わんけどそう出たか」
お金。確かに、言葉だけではなくお金で愛情を測ってないと言えば嘘になる。元夫や、これまで付き合ったり関係を持った男達はそこら辺が希薄だったから、いくら耳元で都合の良い言葉を囁かれても、嘘やろと思ってしまっていた。一方で、飼われているような気もする。あの夜、今夜は帰したくないと言われ、私は適当なビジホかラブホで良かったのだけれど、彼が、あ、空いてるラッキーと言ってタクシーに私を乗せ向かったのはリッツカールトンで、少し笑ってしまった。その必死さを可愛いと見るか、自分の都合良く置いときたいだけの保険と見るかは、1日数往復のLINEのやりとりではわからない。

「あ、生春巻き食べたい。良い?」
奈美が言う。
「私、ポテト食べたい。なんか、長谷川さんの前では一生食べれなそうやし。パクチーのせ?長谷川さんパクチー食べれへん言うてた」
「長谷川、長谷川って。知らんちゅうねん。あんた、この前までなんて言ってたか忘れた?」

「んー?なんのこと?」
「そうやって。男ができたら忘れるのも、あんたの良いとこではあるけど」
「忘れてへんよ」

ポテトの上のパクチー、長谷川さんの唯一嫌いな食べ物は山盛りで、私はそれを豪快に食べた。離婚を決めた時に、奈美たち数人の仲の良い友人に言った言葉を忘れる訳ない。感謝を込めて口にしたのだ。男一瞬ダチ一生。今回の恋の賞味期限を、私は生春巻きに付けたタレにナッツが何個くっつくかで占った。

台風飯店
大阪・谷町六丁目
エスニック

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?