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Kore Kara(奈良・奈良町)

レミから着信があったことに気付いたのは、深夜1時。これから仮眠に入るという時だった。今日も何時間眠れるかわからない。そもそも掛け直すような時間でもない。気になりはしたが、そのまま浅い眠りにつき、勤務明けにメッセージを送った。

「奈良に行こう」となったのは、レミの発案だった。
今回も、京都か大阪かどちらで会おうかとやりとりしていたが、お互いの休みが被ったことと、「たまには緑が見たい」というレミの希望もあり、ようやく一日一緒に過ごす休日が叶うことになった。

奈良は、修学旅行で訪れた以来だ。京都から、小一時間もあれば行ける場所だと、頭では理解していたが、実感がなかった。午後3時。待ち合わせの行基像の前で、背筋がピンと張った長身の女性を見つける。レミは、既に着いていた。

「奈良、初めてみたいなもんやろ?私は、生まれも育ちも大阪って言っても、実家が近鉄沿線だから、たまに遊びに来てたんよ。昔は、夜はすぐに暗くなったけど、最近は良い感じのお店も増えてておもろいわ。とりあえず、まだ早いし散歩でもしよか。今日はスニーカーで来たから、なんぼでも歩けるわ」
レミは、普段とは違い、シンプルな白シャツとデニムというカジュアルな服装をしていた。自分の服装がいつも年齢の割にカジュアルすぎるからか、今日ならば隣を歩いていて不自然ではないと少し安心する。

レミに従い、奈良駅からゆるやかな坂道を上り、東大寺に入る。奈良公園は、秋の天気の良い休日だからか、インバウンド客がいなくても、そこそこ賑わっているように見えた。
「鹿、気を付けて。噛んでくるから。せっかくやし鹿せんべい買おか。小学校以来なんやろ?観光客ごっこしようや」
服装のせいだろうか、それとも景色のせいだろうか。何故か、今日のレミは幼く見える。あの日の電話については結局、「酔ってたら間違えて押してしまっただけ。忘れて」と言っていたが、真意が気になる。もう来年は30になろうとしているいい年した大人が、こんな小さなことでやきもきするのが情けない。

「まだ明るいし、若草山登ろうよ。天気も良いし、きっと気持ちいいわ。サトル君、山登り好きって言ってなかった?まあ登山ってほどじゃないけど」
賑わっている、と言っても、コロナ禍を受けてか、土産物屋らしい周囲の店舗はほとんど閉まっている。秋の始まりの低い山は、綺麗な緑色をしている。インドアなレミにとっては緩い傾斜もきつそうで、時々手を取る。緊張の汗を抑えようと踏ん張ると、さらに冷や汗が出る。袖を掴んできながら、「サトル君、早よビール飲みたいわ」と言うレミには、幸い気付かれてなさそうだ。

頂上には売店があったので、缶ビールを開ける。「美味しい」というレミの化粧は汗で少しはがれている。時々もたれかかってくるのは、わざとなのだろうか。もう会うのは6回目だというのに、これが一番の進展というくらい、関係は入り口で止まっている。

日も暮れてきたので、山を下り、レミが一度行ったことがあるという奈良町の店に行くことにした。店は、古びて細い小さな商店街の中に似合わず、若く明るい雰囲気だ。レミにその感想を伝えると、「いや、いまそういうのが流行りやんか」と笑われる。

生ビールで乾杯し、レミが選んだオイルサーディン、タコの入ったサラダが届く。オイルサーディンには、トマトとチーズが乗っていて、レミというか、都会で働く女性が好きそうな味だ。そして、女性というのは、どうして最初にサラダを頼むのか、いつまで経っても疑問だが、レミが言うには、「いや、私普段から野菜ばっか食べてるし。男の一人暮らし、野菜とらなあかんで」とのことらしい。

「北極星って、あるとテンションあがるよな」と、レミの言われるがままに赤ワインを2杯とり、「男の子の好きなものもあるから安心して」と、肉料理を2品オーダーする。ここの唐揚げは、女の子も好きそうな味だ。マスターは音楽をやっているらしく、今まで思い描いていた奈良の印象とは真逆の人たちが集っている。客はみな、自分たちと同世代か少し上くらいだろうか。狭い店内に、次々と人が入ってくる。

「奈良、どやった?私、毎日コンクリートジャングルで働いてるから、ちゃちい言い方やけど癒されるんよ。サトル”先生”もお疲れやろけど、少しはリフレッシュできた?」
今日一日で、物理的にも気持ち的にも、レミとの仲が縮まった気がする。大阪や京都ではあまりなかった軽口を叩くような姿に、ずっと続いていた緊張がほどける。歩き疲れて酔いが回っているのだろうか。赤、白と交互に北極星を飲んだレミの眼は潤んでいる。

「最後にパスタ食べよか。どれにする?カルボナーラ?わ、隣の人食べてるやつベーコン乗ってるやん。あれにしよ」
3杯目の赤とともに運ばれてきたパスタを、レミは美味しそうに口にする。味の濃い料理を散々食べたのに、まだボリューミーなパスタも入ってしまう細い体に感動する。「家ではあんま食べんから。私、料理とかようせんのよ」と笑うが、努力があってこそのものなのだろう。

たまにしか明かりが見えない奈良町を歩き、逆方向の近鉄列車に乗るため、改札を入りすぐに手を振る。
「今日は楽しかったわ。たまにはこうやって違うとこいくのもいいな。何かデートみたいで恥ずかしかったわ。忙しいのにありがとう。また遊んでな」
都会で走り回るためのヒールの靴を脱いだレミの姿に、初めて彼女とのこれからを見た気がした。

お店情報
Kore Kara(コレカラ)
奈良・奈良町
イタリアン・バル
コレカラ (Kore Kara) - 近鉄奈良/ダイニングバー | 食べログ (tabelog.com)

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