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肉和食 月火水木金土日(大阪・福島)

なんや東カレみたいな店やな。そう思った。
隣にいる色白の男の笑った目が、私を愛おしそうに見つめている。

どうせ、今だけやろ。

思えば、まだ家から近い米原高校にと言われたのに、その反対を押し切って彦根東に行って、滋賀大の経済でええやないと言われたのに、京都の大学に行って。10代の時から私は親の思う良い子には生きてこなかった。恋愛運が格別に悪くて、20代のうちにバツをつけたのも、筋書き通りだったのかもしれない。

けれど、あのビワコムシまみれの街から出て、いま大阪の都会の、ある程度の美女と小金を持った男しか来ないような店で食事をできること。昔の私の決断は間違えてなかったのかもしれない。それならそれで、うんと綺麗に、大人の女になった私を楽しんでもらおうじゃないの。もうそのくらいのつもりで生きている。

「それで。先に話しておきたいことがあるんやけど」
肉和食を謳っているだけあり、白子と牛肉の椀物が出てきた。と同時に、男がそう言った。
なんやいきなり怖いことをいう男だ。実は離婚は嘘でまだ切れてないとか、その類だろうか。年齢も年齢なので、不倫の誘いはよくうける。しかし、この男はまだ32歳で、私と2歳しか変わらないはずだ。
「お互いの呼び方、どうしようか。あと、敬語もやめてほしい。そんな歳も変わらんのやし」
なんだ、そんなこと。まだ、飲み屋で会ってから2日しか経っていない。そして初めての食事だ。そんなこと、いきなり決めることではないやろと思う。
「うーん。まだ緊張するのでちょっと敬語でいかせてください。呼び方は、名前呼び捨てはちょっと苦手です」
「じゃあ、カナ、ちゃん?俺はヒデキで良いんやけど」
「とりあえず長谷川さんで」

八寸が運ばれてくる。見た目も美しい。この男がどんなスタンスかわからず悩んでいたら、店員さんの説明を聞き逃してしまった。ふと、目の前のお品書きを見る。きっと、1番高いコースを予約してくれている。服装はいたって普通なので稼ぎのほどは予想できないが、もしかするとかなりやり手なのかもしれない。
「まあ、徐々に、やね。そういやカナちゃんってずっと大阪なん?」
「いや、高校まで滋賀で大学は京都で。社会人なってから大阪です。長谷川さんは?」
「うそ。まじか。バツイチってだけで親近感あったけど。俺も滋賀。近江八幡。え、滋賀のどこ?」
「私はもっと奥で。長浜です」
私はまたあの湖沿いの小さな町を思い出す。県会議員も務める地元の名士の娘として、何不自由なく育った町。だからこそ窮屈で、早く都会に出たかった。けれど、やはりこうして同郷の人に会うと親近感は自然と湧く。近江八幡、職業的にも勉強はできただろうし、もしかすると高校の先輩かもしれない。大阪の飲み屋で出会ったにしては偶然だ。
「へー!えらい奥の方やな。なんか嬉しいわ」

湖しかない町に生まれた割に、男の肌はかなり白い。年にしては幼く見える彼は、和牛の揚げ物を嬉しそうに頬張っている。箸を持つ手が、本人の醸し出す上品な雰囲気に反して、あまり綺麗でないことに気付く。
「うま。やっぱりこう、ちょっとガツンとしたもの欲しくなるね」

男の話を聞きながら、他の客を盗み見る。澄ました顔をしながら、本当はみんな滋賀だとか三重だとか、田舎の出身なのかもしれない。必死に都会の人間に見えるように取り繕って、福島のこじゃれた店で週末の最後の瞬間を過ごす。

締めは、黒毛和牛のしゃぶしゃぶといくらの土鍋ご飯だ。牡蠣を追加できると聞いたが、この店は男持ちだろう。相手の経済状況もわからないし、私から食べたいと言い出すのは下品だ。ちょっと残念には思っていたが、運ばれてきた食事を見てそんな気持ちは吹き飛んだ。

卵の黄身は綺麗なオレンジに光り、艶々と輝くいくら、雲丹の出汁でいただくというなんとも贅沢な一品。この男のスタンスなんて、どうでも良いじゃないか。美味しいものを食べさせてくれて、まずは感謝だ。

「美味しい?」
また、あの目だ。飲み屋で出会ったばかりの女を、どうしてそんな目で見るのだ。次を、関係を、期待してしまうやないか。

「この後まだ時間ある?もう一軒行かん?」
日曜日の22時前だ。普通ならば当たり前に断っている。ここで、「私も行きたいです」と答えたことが、また新しい物語の始まりになるなんて、この時は予想できていなかった。


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大阪 福島
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