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片付けは住む人の力学

部屋を片付けるときいつも思うのだけれど、その瞬間が片付いていてもあまり意味がない。部屋が散らかってくるのは、整然としている状態を維持するための自分の普段の整理能力、習慣が足りていないからである。片付けをした瞬間の部屋の完成度が高ければ高いほど、普段の生活の中で必要な整頓能力が高くなる。「片付けをした1ヶ月の自分」をイメージした際に、維持できているかできていないかを冷静に分析してみる。今のままを維持できていそうであれば、合格点である。散らかってきそうであれば、今の整頓方法とは別の「仕掛け」を考える必要がある。

住む人の力学

家具や部屋の配置で1番大切なのは、住む人の行動や習慣に合わせること。調子が良い時でも悪い時でも維持できる水準で整頓するのが良いと思う。完璧主義に整った状態を目指すのではなく、50%~70%の水準でも良いから毎日できるような整頓を目指す方があっている気がする。具体的には、「雑然OK」のスペースを許容するのである。

洋服を1枚1枚全て畳んできれいに引き出しに収納するのは日頃のエネルギーを要するけども、例えば頻繁に使用する下着類だけ「雑然OK」なボックスに収納するようにすれば、日頃必要となってくる片付けエネルギーはかなり低減する。洗濯終わって下着類はそのBOXに放り込めば良いようになるからである。その代わり、他のよそ行きのシャツやズボンはきれいに畳んで収納しておく。こうすれば、見た目+維持の容易さが実現できる収納となる。

見た目vs機能性

部屋を見回したときに、バスタオルをかけるための物干しが目障りだと感じてしまったとしよう。部屋の見た目が悪くなるからと物干しを収納してしまう。すると、風呂上がりにバスタオルをかける場所が手元になくなってしまうことに当然気付く。かけられる場所を失ってしまったバスタオルは、椅子の背もたれの上など在らぬ場所に干されることが習慣化されてしまい、結局なんだか散らかった場所となってしまう。これは、風呂上がりの自分の行動をきちんとイメージできていないがために間違った収納をしてしまった例である。

部屋や家具は、すべからず何か意味があってそこに存在している。ビジュアル的にいい印象を与えないという理由だけで排除してしまうと、あとで困ってしまうことがよくある。家具の配置、整頓に必要な軸はビジュアルではなく、「住む人の力学」に尽きると思う。子供がいる場合は、子供の手の届く範囲に危険がないように配置を変える必要があるし、料理をする場合は料理する際に使いやすいように器具や調味料を収納する必要がある。これらを突き詰めていくと、結果としてビジュアルが整頓されているようなイメージを受けることもあるけれど、それはあくまで後付けだと思う。

良い収納とは

自分にとって良い収納とは、住む人の習慣を把握した上での配置になっていることだと思う。住む人が必要以上に家具の配置に縛られることなく、特段努力をしなくても維持できるものの配置。これができていれば良いように思う。

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