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創造主たる唯一の神は人間の想像の産物~TAO:人間の幻想と無為自然【きまぐれエッセイ】

この世の理法、すなわち「道(タオ)」というのは、まるで大宇宙の管理人みたいな存在でありながら、私たちに対してまったく無関心な奴だ。無頓着というか、まるで石のような冷たさを持っている。万物を生成し育むことはするけれど、それはあくまで「無為自然」の営みだから、愛情なんか微塵もない。もし親のような慈愛の心を持った存在だと勘違いするのなら、それは人間の勝手な思い込みに過ぎない。

人間のような情けや意志、価値観、目的意識なんか持ってないから、ときには冷酷非情に見えることもあるだろう。でも、それこそが道(タオ)の本質だ。人格なんてものは一切持っていないから、愛することもなければ、怒り狂うこともない。だから、どんなに人間社会が悲惨な状態になっても、救いの手を差し伸べるなんてことは一切しない。

泣いて喚いて怨んだり、罪の赦しを乞うたり、懺悔の祈りを捧げても、全部虚しいだけ。なぜなら、道(タオ)はそんなことに耳を貸さない。そもそも耳なんて持ってないんだから。

だから、道(タオ)を体得した者もまた、人間的な情なんて持っていない。誰かのためだとか、自己満足の愛の実践だとか、そんな偽善的な行為なんてしない。人に見せるためのわざとらしいお節介なんて一切しないのだ。だから、人に見返りを期待して何かをする人から見れば、道(タオ)を体得した者は冷たくて非情に見えるだろう。

神は愛だとか、神は死んだとか、神はいるとかいないとか、そんな議論は勝手にすればいい。でも、妄想を押し付けるのだけはやめてほしい。神を拝んだり、信じたり、拒否したり、恨んだり、罵ったりするのは自由だけれど、そんなことを他人に強要するのはお門違いってもんだ。道(タオ)はそんな人間の小さな世界には一切関心を持たないんだから。


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