ぼくの好きなおじさんをお見舞いにいった。
ぼくが生まれた頃から、おじさんはずっとお寿司やさんだった。
小学生の頃、学校帰りに、ふらっと遊びにいくと、ほいっ、とカウンターごしに、鉄火巻きをくれたりした。大人になってからも帰省するたびにお寿司を食べさせてもらった。出世払いだぞって言われて、パクパク食べていたので、莫大なツケがたまっちゃっているはずだ。
板前としてのおじさんは、研究熱心だった。自分でからすみを作っちゃったり、焼いた鷹の爪と大葉で焼酎のお湯割を飲ませたり、時折ハッとするような味を作り出す。そんなおじさんが握る寿司が大好きだった。
おじさんは1年前ほどにもともと悪かった病気がぶりかえした。
それもあってお寿司屋さんも去年辞めてしまった。
そのおじさんが吐血して倒れた、という知らせを母からもらった。おじさんは母の弟にあたり、近所に住んでいる。聞けば、自宅でバケツいっぱいほどの血を吐いたのだという。すぐに救急車で運ばれ緊急入院。しかし翌日には順調に回復し、命にかかわるような事態ではなさそうだった。
あわてて、お見舞いにかけつけるほどでもないかもしれない。でも、これもなにかのタイミングなんだろうと思った。
その週末の朝、ぼくは妻とともに新幹線で愛知へと向かった。
おじさんの入院先は、ぼくも生まれ育った街の総合病院。実はぼくが生まれた病院でもある。病院はすっかり新しくきれいになっていたけれど、周囲の街には懐かしい店が残っていた。こんなことが来ることもないので、きっと30年ぐらいぶりにこのあたりを歩いているのだと思うと、不思議な気持ちになる。
休日の病院は、外来もお休みで、ひっそりとひんやりとしていた。
おじさんは、ぼくらが来たのがわかるとベッドから起き上がり、出迎えてくれた。心なしかほっそりした気がするが、もともと長身で立派な体つきをしているせいか、それほどやつれては見えない。まだ点滴は付いてはいるが、顔色も悪くはない。とりあえず、ほっと一安心。
病室の大きな窓からは、気持ちよく晴れた空と、水が張られたたんぼが一望できた。数時間前まで東京の喧騒にいたのに、と不思議な気持ちになる。そしてこの牧歌的な田園風景に囲まれて、ぼくは生まれて、育ったのだ。
「すっかり綺麗になったね!びっくりだわ」
高二の娘をみたおじさんが、その成長の大きさに目を見開いて驚いていた。会うのは数年ぶり。神様は、それぞれに、確実に年月を刻み込んでいく。子どもは若者に、若者はおじさんに、おじさんは、もっとおじさんになっていく。
倒れた時の経緯を一通り聞いた。
たまたま神奈川にいる息子、つまりぼくのいとこが帰省していて、救急車を呼ぶなど対応をしてくれ、ことなきを得たらしい。人の運命って、不思議なものだ。こういう偶然が重なり、その先の人生が決まっていく。
おじさんの病室ぐらしが少しでも安寧であるよう、エッセンシャルオイルのロールオンをプレゼントした。仕事一筋でやってきたおじさんにとって、アロマオイルなんて、きっと無縁だったろう。でも、これからはこういうことも楽しんでほしいなぁと思う。
「そろそろいくね。顔をみて安心したよ。元気でね」
おじさんは、ぼくらがきた時と同じように、ドアのところまできて、見送ってくれた。
おじさんの病室にいたのは、ほんの10分ぐらいだ。でも、それで十分だった。新幹線にのって、東京から日帰りだったけれど、その10分で、ぼくらはかけがえのない”何か”をやりとりした。コスパとか、そういうのと無縁の、人が生きていく上で必要な”何か”だ。
ズームとかチームスなんかじゃ、やりとりできないんだよなぁ。
帰りの新幹線に乗った途端、強烈な眠気が襲ってきて寝落ちした。目が覚めたら、すでに東京だった。、窓からは、びっしりと立ち並ぶビルが見えた。
まるで白昼夢のような1日だけれど、とても満たされた気持ちになった。
きっとこの日のことは、ずっと忘れないだろう。
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