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科学者の喜びと勘違いのワナ 映画『オッペンハイマー』を観て
こんにちは、交通技術ライターの川辺謙一です。
今回は交通から離れ、「科学者の喜びと勘違いのワナ 映画『オッペンハイマー』を観て」と題し、科学者がおちいりがちなワナについて書きます。
タイトルを見て「むずかしそうな話」と感じる方もいるかもしれませんが、「科学者ってそういうところがあるのね」という話としてお楽しみいただけたら幸いです。
■ 映画『オッペンハイマー』とは
まず、映画『オッペンハイマー』がどのようなものなのかを説明します。
(日本語の公式サイトはこちら)
この映画は、アメリカの理論物理学者であるJ・ロバート・オッペンハイマー氏(以下、オッペンハイマー氏)の生涯を描いたものです。上演時間が180分(3時間)におよぶ大作です。
主人公であるオッペンハイマー氏は、天才物理学者と称された人物です。原子爆弾(原爆)の開発に携わったため、「原爆の父」とも呼ばれます。
↓YouTubeで公開されている公式の予告編です
みなさんのなかには、この映画の存在を知っている方もいるでしょう。アメリカでは2023年7月、日本では2024年3月に公開された比較的新しい映画であり、「原爆を扱った映画なのに、それが日本の広島や長崎に投下されたことによる被害が十分に描かれていない」などと国内で話題になったからです。
私は、この映画を観て、その感想をすぐにnoteやSNSに書くことができませんでした。映画に込められた情報の量が膨大であるうえに、湧き上がった感情がきわめて複雑で、整理できなかったからです。
また、唯一の被爆国である日本においては、この映画の内容はたいへんセンシティブなので、私は感想を述べること自体をためらいました。
■ 科学者は子供のようにワクワクする
ただ、鑑賞から2ヶ月以上経ち、気づきました。
これは「科学者の喜びと勘違いのワナ」を描いた映画ではないか、と。
なぜならば、この映画では、科学者が子供のようにワクワクするさまや、それによる勘違いだけでなく、自分が開発したものが不本意なかたちで他人に利用されて悲劇が起こり、挫折、没落するさまが描かれていたからです。
この「子供のようにワクワクするさま」は、一般の方にはわかりにくいかもしれません。
ただ、科学者の方のなかには、それを経験した方がいるでしょう。
大学で自然科学を学び、研究活動を通して思わぬ発見をして喜び、何か神秘的なものにふれたかのように感じ、「これを発見したのは、ひょっとしたら自分が最初じゃない?」と思って気分が高まり、論文にまとめて世界中の研究者に読んでもらいたいと思う。
このようなテンションが上がる経験をした方なら、共感していただけるのではないでしょうか。
そう、これって「科学者あるある」だと思うのです。
先ほどの映画では、オッペンハイマー氏が「子供のようにワクワクするさま」が描かれています。他の研究者が新しいことを発見したのを知って興奮する。自分の考えの正当性を証明するため、猛烈な勢いで黒板に数式を書く。小規模な原爆実験に成功して達成感を味わう。それらを見ていると、本当に楽しそうなのです。
■ 栄光と挫折、そして没落
そのいっぽうで、オッペンハイマー氏がとんでもない方向に向かっていくさまも描かれています。
たとえばこの映画では、オッペンハイマー氏が原爆1発あたりの殺傷能力を聞かれて「◯万人死ぬ(すみません、◯は失念しました)」とさらりと答えるシーンがあります。
私はこれを観て「多くの人命を一瞬で消す殺人兵器を開発することに罪の意識はないのか?」と感じ、成功体験によっておごった科学者が持つ全能感の危うさを感じました。彼のふるまいから「自分こそがアメリカ、そして世界を救う」という意気込みを感じたからです。
結果的に原爆は、第二次世界大戦を終らせるきっかけになりました。広島と長崎に投下され、甚大な被害をもたらしたのを機に、日本が降伏したからです。
オッペンハイマー氏は、これによってアメリカで英雄として賞賛されました。戦争を終わらせ、多くのアメリカ兵を救ったからです。
映画では、終戦後に彼の講演会が満員になり、聴講者たちがアメリカ国旗をふり回し、床を踏み鳴らして「早く出て来い」と催促するシーンがあります。このときの床を踏み鳴らして出る「ダン!ダン!ダン!」という音が、映画館の劇場全体に響き渡ったときは、鳥肌が立ちました。そこまで催促されるほど、当時のアメリカ国民は彼をもてはやしていたのでしょう。
そのいっぽうで、オッペンハイマー氏が、広島や長崎の惨状を知り、自分が英雄として扱われることに苦悩する様子も描かれています。
彼は、原爆の開発によって、良くも悪くも世界を変えてしまいました。
映画では、その後の彼の没落ぶりも描かれています。
■ ワクワクもほどほどに
私はこの映画を観て、「ワクワクもほどほどにする必要がある」と感じました。
大人になっても子供のときのようにワクワクすることは、豊かな人生を送るうえで大切です。いつでも好奇心を持ち続けることは、生きるうえでの推進力になります。
とくに科学者にとっては、子供のときのようにワクワクすることは、研究を進めるうえでの推進力になります。なぜならば、そのような気持ちがないと、研究という地味で辛く、ごくたまにしか良いことがない作業を続けることがあまりにも苦しいと感じるからです。
ただ、あまりワクワクし過ぎるのも問題です。興味を持ったものに没頭すると、自分を客観視できなくなるからです。
私は、大学や大学院、そしてメーカーの研究施設で、「ちょっとワクワクし過ぎてない?」「自分がすごいことをしていると思っていない?」と思える人を数々見てきました。かく言う私も、メーカーを辞めて独立するまでは、研究に直接携わっていたので、そういう人だった可能性が高いと自戒を込めて感じています。
このため私は、この映画を観て、科学者がワクワクする気持ちをあらためて理解しつつも、それによって客観性が失われる危うさを感じました。
何事も「過ぎたるは、なお及ばさるが如し」ですね。
<写真出典:写真AC>
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