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『キットパス』『ダストレスチョーク』人にも環境にもやさしいものづくりを続ける日本理化学工業

誰もが手にしたことのある『ダストレスチョーク』や、ガラスに描ける『キットパス』などの商品で知られる日本理化学工業。創業86年という歴史ある企業で、長年環境にも人にもやさしい商品づくりに取り組み、障がい者を積極的に雇用していることでも知られています。そんな日本理化学工業で商品企画・広報を担当されている雫(しずく)緑さんに話を伺いました。

日本理化学工業 商品企画・広報 雫 緑さん

 廃棄のホタテ貝殻をチョークに配合し品質も向上

 ――まず「ダストレスチョーク」と「キットパス」がどのように生まれたのか教えてください。 

日本理化学工業は、もともとは大田区で雑貨商として1937年に創業しました。学校の先生から、粉の飛散が少なく、高品質のチョークの輸入を依頼された際に、それなら自分たちで作ろうということで、歯磨き粉にも使われる炭酸カルシウムを原料にした「ダストレスチョーク」の製造に国内で初めて成功しました。そこから、「ダストレスチョーク」をつくり続け、1967年には北海道美唄市にも工場を開設しました。チョークが主力でしたが、30年ほど前からは少子化で教室の数が減っていくことに加えて、デジタル化の波もあり黒板やチョークを使う機会が少なくなってきている状況がありました。そこで、ホワイトボードにも書ける新しいチョークの開発に取り組み、お絵かき用に描かれる側をガラスにしてみてはどうかと発想を変えたんです。そこから全く新しい筆記具、ガラスに描いて消すことができる「キットパス」が誕生しました。 

 ――「ダストレスチョーク」にホタテの貝殻を利用することになった背景を教えてください。 

「ダストレスチョーク」は創業当初から製造していますが、そこにホタテの貝殻を利用するようになったのは2005年からです。工場のある北海道ではホタテ貝の養殖が盛んで、その殻が年間約18万トン排出され、未利用のものが多く、社会課題となっていました。ホタテの貝殻の成分がチョークと同じ炭酸カルシウムだったことから何とか貢献したい思いで、北海道立総合研究機構工業試験場と一緒に研究開発することになったんです。 

ホタテの貝殻を利用した「ダストレスチョーク」

――ホタテ貝を利用するうえで、開発で苦労された点などはあったのでしょうか。 

当時の話を聞くと、山積みになっているホタテ貝は、やはり海のものですので匂いもありますし、泥汚れなどで、チョークにするのはまず無理だろうな、というような状況だったそうです。そこから洗浄の方法も研究を重ねて微粉末を5ミクロン以下と相当細かくすることにより、使えるものができたました。結果的にその配合に工夫をして、書き味が滑らかになり、発色も大変良くなり強度も高くなったんです。

チョークの製造の様子。ほとんどが手作業で行われる

人気商品キットパスは脱プラへリニューアル 

――「キットパス」については、脱プラに取り組んでいらっしゃいますね。

キットパスは、成分にワックスを含んでいて、工夫はしていますがどうしても油じみが発生してしまうので、箱のなかにプラスチックのカバーが入っていました。海外の展示会で「窓に描いて消せるのはすごく良い商品だね」と高い評価をいただくんですけど、実際にお店に置いてもらえるかどうかというところで、プラスチックのカバーがネックになり話がとん挫してしまうんです。それが2012年のことで、日本では今ほど脱プラは意識されていませんでしたが、特にドイツをはじめとする欧米だとプラスチックを排除していこうという動きが大変強くなっていたんです。 さらに、これまでのキットパスはパラフィンというワックスを使用していました。パラフィンは石油系なのですが、口紅などにも使用されているので当然舐めても害はありません。ただ、それも海外では顔をしかめられてしまっていたんです。

 ――それでリニューアルに取り組みはじめたんですね。

 はい、まずはキットパスの素材を検討し始めました。すでに他社のクレヨンでもよく使われているミツロウも候補にあがりましたが、やはり国内ですべて手作業で作っていることも含めて「メイド・イン・ジャパン」を伝えるには、お米が良いということで、米ぬかからとれるライスワックスを使うことに話がまとまりました。そこから2年かけて開発をし、出来上がったのが新しいキットパスです。これまでもからだに安心して使っていただけましたが、植物性のワックスになったことでより安心感を伝えやすくなりました。お子さまが初めて握るファースト筆記具としてもぜひ使っていただきたいですね。 

リニューアルし24色も登場した「キットパス」
手作業で組み立てられるパッケージは、1本ずつ取り出しやすいような工夫も

また、箱はすべて紙で、キットパスが中で動かないように、中に仕切りをつけたり、段差をつけたりするなどの工夫をしています。皆さん驚かれると思うんですけど、箱は広がった状態で納品されたものを手作業で折って組み立てているんですよ。ただフタをすると中身がわからないので、やむをえずごく一部だけプラスチックの窓を付ける必要がありました。そこで、簡単にプラスチックの部分を分別できるように切り込みを入れました。

描き味はなめらかで、濡れた布などでふけば消せる

 ――色もさらにカラフルになりましたね。

リニューアルを機に、これまで最大16色だったところを24色に増やしました。全国に3000人以上いるキットパスアートインストラクターに、どんな色があるといいですかとアンケートを取ったところ、紫のバリエーションやベージュなどのリクエストがありました。それを参考に、特に微妙なニュアンスの色合いは開発にも苦労しましたが、この24色ができました。 

『キットパスアートインストラクター』…日本理化学工業株式会社の企業理念に共感したうえで養成講座を受講し、認定後にキットパスの正しい使い方や楽しさを伝える活動をする方々

――看板商品の大きなリニューアルに関わっていかがでしたか。

 いまでも、常務から「ミツロウとライスワックスで迷っているんだけど、みんなどう思いますか」というメールが届いたことをすごく鮮明に覚えています。どのくらい時間かかるか分からないけど、パッケージも中身も変えて、子どもだけではなく大人の方にも使っていただけるような商品にしたいと思っていたことが、実現するのだと胸が熱くなりました。
 
この24色のキットパスは色を混ぜられる、窓ガラスに描けるという商品の特性に加えて、ライスワックスになったこと、紙のパッケージにこだわり環境に配慮されていることを評価されて2022年11月に「キッズデザイン賞 奨励賞」を、また2023年5月には世界の三大デザイン賞の一つと言われる、ドイツiFデザインアワードでも「iFデザイン賞」をいただきました。社員一丸となり、みんなで作って、心から良かったなと思います。 

障害の有無にかかわらず一緒に働くのが当たり前の環境

――企業として長年続けられている障がい者雇用についてもお話を聞かせてください。

1960年に、当時、本社のあった東京都大田区の近隣の養護学校の先生が工場にいらっしゃいまして、今度卒業する知的障害のある女学生2人を雇用してくれませんかと相談されたんです。当時、専務であり前社長の大山泰弘が対応し、「全く想像もつかないことで申し訳ないけれども無理です」とお断りしたのですが、また同じようにいらっしゃって。3度目に、「では就職は諦めますが、彼女たちに働く経験をさせていただけませんか」と提案されて、それならと受け入れたそうです。
その実習生の2人が、いきいきと一生懸命に仕事をする姿を見て、周囲も心を動かされたんですね。それがきっかけで障がい者雇用が続き、今や障害のある社員が7割になりました。当時の養護学校の先生がこの状況を見たらどういう風に感じてくださるのかな、なんてたまに思うことがありますね。ですから、SDGsの取り組みの一環で障がい者雇用を頑張らなきゃとか、国が定める雇用率を守らなきゃなんていう理由ではないんです。
 
その女学生のひとりは15歳で実習後、入社して65歳の定年後も再雇用で働いていました。私が入社した時には、あなたは新入社員なんだから、お昼はここで食べなさい、お茶はこっちから持ってきなさいと、あれこれ教えてくれて。社会人の先輩として、働く姿勢を見習うことが多かったですね。

――障がいのある社員が、長年勤められる良い環境なんですね。 

入社する前の実習を行い、本人はもちろん、学校の先生やご家族もこの会社で65歳まで働く意思を持って入社してくれていますし、企業としても一人ひとりが大切ですから、その人の能力を発揮してもらえるような働き方というのは考えています。辞めずに全力を出し切って働くんだよといつも伝えていますので、従業員の離職率はすごく低いと思いますね。 

――みなさんと一緒に働くなかで感じていることはありますか? 

弊社はあくまで文具メーカーですから、障がい者だからできなくても仕方ないね、ということは一切ありません。全員が自分のできる能力を最大限発揮して頑張って仕事してもらわなければお給料はお渡しできないという約束です。なので、相手の理解力に合わせて工夫をすること以外に、特別に何かしてあげなきゃということは全くないですし、ダメなものはダメ、良かったことは良かった、単純にそれだけです。そのうえで相手を見て、苦手なことをサポートしてあげればいいだけかな、と思っています。でもそれって、障がいがあってもなくても、どんな相手でも当たり前のことだなと思います。

 今、生産ラインは全員が知的障がいのある社員です。みなさんの仕事ぶりを見ていると、休憩はもちろんありますが1日7時間以上集中して、職人のような手さばきなんですよ。そういった方たちと一緒に働ける喜びも、日々感じています。 

 ――今後、SDGsや環境配慮などの観点で企業として取り組んでいきたいことを教えてください。

 「かわさきSDGsパートナー」に登録をしたのですが、ただそういった認証を取得するために頑張るのではなくて、今やっていることをしっかり発信していきたいという思いがあります。弊社の場合は、従業員全員が取り組みを理解するとなると、すごくハードルが高いんです。だからこそ、分かりやすい掲示などで社内でもSDGsについてしっかり浸透させていきたいですね。 

また、商品によってはプラスチックをどうしても使わないといけない部分もあるんですね。過剰包装や、なくてもいい部分はなるべく削減していこうという思いでいます。弊社のダストレスラーフル(黒板ふき)も、実はプラスチック部分は97.5%が再生のペットでできているんです。そんな風に、できるだけ循環できるようなものを使っていきたいですし、分別が簡単にできるような工夫も続けていきたいです。

日本理化学工業公式サイト: https://www.rikagaku.co.jp/


書いた人・松井みほ子
川崎市在住。出版社でファッション誌の編集に携わる。その後は編集プロダクションにて書籍、WEB、広告など媒体やジャンルに関わらず、幅広く制作。現在はフリーランスで編集・ライターとして活動中。