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【ショートショート】本を読みながら

「その本、面白い?」
「……うん」
彼女は短く答えると、またページをめくった。
私は彼女の隣に座って、同じように本を開く。
けれど、すぐに閉じてしまった。
文字は頭に入ってこない。
私の頭を占めるのは、彼女との会話だ。
――今日は何を話そうかな。
そんなことを考えながら、彼女の横顔を盗み見る。
長いまつげが、瞬きをするたびに小さく揺れる。白い肌はきめ細かくて、触れれば壊れてしまいそうだ。
ずっと見ていると、吸い込まれそうな気分になる。
私は、慌てて視線をそらした。
彼女がこっちを向いたら、きっと気づかれてしまうから。
でも、やっぱり気になって、こっそり横目で見てしまう。
すると、今度は目が合ってしまった。
彼女はにっこりと微笑む。
心臓が跳ね上がる。
私は顔が熱くなるのを感じた。
「……どうしたの?」
「なんでもないよ!」
そう答えて、再び本に目を落とす。
本当は、少し話したいことがあった。
だけど、うまく言葉にできない。
彼女と過ごす時間は、とても心地良いものだった。
だから、それを壊してしまうかもしれないと思うと、何も言えなくなってしまうのだ。
「……ねえ、何読んでるの?」
「これ? これはね、『夏の夜』っていう小説だよ」
彼女は、表紙をこちらに向けてくれた。
タイトルの下には、美しい星空の写真が使われている。
「どんなお話なの?」
「うーん……悲しいお話かな」
彼女は、少し寂しげな表情を浮かべた。
「悲しいのに、読むの?」
「うん。私、こういう話が好きなの」
彼女はそう言うと、静かに目を閉じた。
まるで、本の中の世界に思いを馳せているみたいだ。
私も、真似して目を閉じる。
瞼の裏に、星々が浮かんだ。
夜空で輝く、宝石みたいな光。
この光は、彼女にも見えているのだろうか。
ふと、そう思った。
目を開けると、彼女も目を開けていた。
視線が合う。
私たちは、しばらく見つめ合った。
そして、どちらからともなく笑い出す。
「私たち、同じこと考えてるね」
「そうだね」
ひとしきり笑った後、彼女は言った。
「今度、一緒に読もうか」
「いいの?」
「もちろん」
彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
それだけで、私の心は満たされていく。
幸せだな、と思った。
私は、もう一度本を開いた。
読みかけだったページを開く。
彼女も、同じタイミングで本を開いた。
――そして、二人で並んで、静かに本を読むのだった。

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