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美術展「民藝 MINGEI」 −友と過ごす最後の時間−

行くか否か、正直、決めあぐねていた民藝展。
"民藝"は好きだ。
ただ、2022年に「民藝の100年展@東近美」、2023年に「柚木沙弥郎展@日本民藝館」と続いていたから、民藝は好きだけど、まだそんなにお腹減ってない・・・みたいな感覚でいた。

「気が向いたら行こう」くらいに思っていた私の背を押したのは、長年一緒に過ごしてきた旅の友だった。
友との今生の別れが決まった途端、急激に寂しさがやって来た。お世話になった友と、ちゃんと、最後のお出かけをしなければと思い立ち、全くの予定外だったが、半休を取って友との時間を確保した。
そこで最後に行く場所として浮かんだのが、世田美で開催中の民藝展だった。


▶︎▶︎▶︎ Go to セタビ !

たぬきち、かわいい


日差しがまぶしい晴天の昼下がり。
まずは腹ごしらえを兼ねて、セタビカフェで休憩してから展覧会を観ることにした。

ルバーブのタルト
縁がルンルンしていて、気分にピッタリ


日なたは暑いけど、日陰のテラス席はいい感じ。
ときどき吹くそよ風が、めっちゃくちゃ気持ち良かった。
テラス席で読むことを想定して、MOMOを持ってきて大正解だった。
「本を読むためだけにここへ来るのも、いいかもしれない」
本気でそう思うくらいの、心地良さ。
読書が苦手な私が、こんなことを思ったのは初めてだ。
「今日は、気が済むまで本を読もう。それで展覧会を観る時間が無くなっても、それはそれで良しだ!」
あえて時計を見ずに、心が赴くまま、気が済むまで本を読んだ。

日陰のテラス席で浴びる風が
最高に気持ち良かったんだ


民藝 −美は暮らしのなかにある−

「生活展」の再現展示
あれもこれも欲しくなる!魅力的なものばかり


会場に入ると、気合いの入った大規模展示がドーン!と出迎えてくれた。1941年に日本民藝館で開催された「生活展」の再現展示とのこと。
過去に観たことがある品もちょこちょこあるが、いいもの(好きなもの)は、何度観ても、いい ◎

次の展示室では【衣】にまつわる品々が。
私はこの部屋で、何回涙をこらえたのだろう・・・。
アイヌの厚司(アットゥシ)が目に入った途端にもう、その力強さに感動した。アイヌの文様は、いつ観ても魅入ってしまう。他にも、結城紬の繊細で凛とした透け感と色味、青田五良作の紬ショールのモダンな色彩、やっぱ可愛いよね!のこぎん刺し等々、ずっと眺めていたくなる品の数々。
その中でも、一際くぅ〜〜〜っ!!!と感激したのが、「ケンカタバミダイモンヤマミチモンヨウカツギ」だ。

剣酢漿草大紋山道文様被衣 日本 江戸時代(18-19世紀)

どうしても、図録では伝わらない・・・
古い衣類を紺色に染め直しているのだが、あえて部分的に染め残すこのデザイン、カッコ良すぎる!!!金色の刺繍も、潔く染めているかと思えば効果的に残していたり。もとの衣の良さを生かしつつ、新たなものへと再生するセンスの素晴らしさに、ただただ感嘆。

・・・と、こんな調子で書いていたら終わらないよってくらい、今回の民藝展は見応えがあり、感動の「美」が多かった。
ので!用であり美であるデザインがたまらなくて、これは欲しい!!と興奮したもの「TOP5」を考えてみた。

デザインがたまらんです。欲しいです。TOP5☆


第5位

網袋(鶏卵入れ) 朝鮮半島 20世紀初頭
ころんとしたサイズと安定感、可愛い小窓、吊るして保管できる機能性
どなたか、リプロしてくれないだろうか・・・


第4位

油差 朝鮮半島 朝鮮時代  19世紀
直線と曲線の絶妙なバランスがとにかくカッコイイ
木製なのがまた味わい深くて佳しで美し


第3位

流描指輪 河井寛次郎(細工:増田三男) 京都 1930-40年代
帯留が指輪として仕立て直されたもの
素敵だ・・・純粋に、欲しい。


第2位

焼締按瓶 壺屋(沖縄) 琉球王国時代  19世紀
朴訥とした佇まいでいて、重厚な圧倒的存在感、把手や蓋の歪みから伝わる作り手の温もり、これぞ民藝!と叫びたくなりました


第1位

蝋石製薬煎 朝鮮半島 朝鮮時代  19世紀
木製?えっ、石なの!?
えっ!直火OKなの!?
そしてこのモダンなデザインなんなの!!!
一目惚れとはこういうことか


結果的に、注ぐ用途のものが3つに、朝鮮半島のものが3つ。
この時代の朝鮮半島のデザインを深掘ってみるのも、面白いかもしれない。
5品全てに共通しているわけではないが、これらのデザインに特段惹かれた理由を自分なりに分析してみると、大好きな「アール・デコ」の要素を感じるからでは?!という発見に至った☆
「アール・ヌーヴォー」も好きだから、直線と曲線の融合が、アンテナに引っ掛かったのかもしれない。
しかも、アーツアンドクラフツ運動は、ウィーン分離派や民藝運動に影響を与えたとされているから、その変遷をみると、私の「好き」は、わりと理にかなっているのかも!と思ってなんだか、嬉しくなった。



“ 別にやらなきゃいけないわけじゃない
今やりたいと思っていることを
今ただやっているだけ ”


展覧会の終盤は、伝統技術を継いでいる現代の作家に焦点をあてた展示になっていた。製作に使っている道具や完成品の展示の他に、作家へのインタビューや製作風景の映像があり、それがとても良かった。
その中で特に心に響いたのが、鳥越竹細工作家・柴田恵さんが語っていた、見出しの言葉だ。

鳥越竹細工作家 柴田恵さん作(岩手県二戸郡)


あの言葉を聞いて、“そういうこと”だよな、と腑に落ちた。
“生活”って、“暮らし”って、“継続”って、そういうことで、それは誰かからの強要でも義務でも何でもなくて、ただ、“やりたい”っていう自分自身の内側から湧くもので成っていればいい。それが、自分を大切にすることに繋がるし、自分に嘘をつかない生き方なんじゃないかと。
それでいいんだ・・・いや、それいいんだ!ってね。



友がくれたプレゼント

図録/和紙の小銭入れ

旅の友は、だいぶくたびれていた。
ここ2〜3年は出番もめっきり減り、所々にダメージも目立つ。
そこに訪れた、手放しブーム。
「どこか新たな場所へ、いつでもサッと動けるように、執着を捨てて身軽にならねば!」
そんな思考に囚われていた私は、躊躇なく友をフリマアプリに出品した。
すると友は、5分も経たずに売れた。
あまりにも早く売れて驚いたが、同時に、今まで色んな所へ行ったことを思い出し、友に手を添えて「今まで本当にありがとね」と声を掛けると、ぶわっと涙が溢れてきた。

一緒に過ごした時間は十数年。
何十回、何百回も一緒に出かけた。
初めて一人海外旅行をしたときも、友が相棒だった。
「私は、とんでもないことをしてしまったんじゃ・・・」
自分から手放しておきながら、急に後悔と寂しさが押し寄せてきた。

夕方、帰りの空

大切だったことを、どうして忘れていられたのだろうか。
なんでもかんでも手放せばいいってわけじゃない、ただ身軽になればいいわけじゃない、大事なもの・手放したくないもの、そういうものは、荷物が増えようが嵩張ろうが、残せばいいじゃないか。
自分が好きなもの、美しいと思って迎えたものたちを、無理に手放す必要はない、それは逆に自分を傷つけることにもなる。

単純だけど大切なことを、友は教えてくれた。
そして最後に、この素晴らしい時間をプレゼントしてくれた。
「どうか、新たな場所で大切にされますように」
友と民藝展を通して、”もの”との向き合い方、己が感じる”美””豊かさ”とは何か?を見つめ直すことができた。

ちなみに、そういう”時間”も大切だよ!?ということを今、クライマックスを迎えているMOMOを通して、改めて感じている私なのであった🐢🕰


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