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一線を越える 1


寒い。前後左右、上下すらも、真っ暗闇に包まれている。何も見えない。私は感覚だけで一歩づつ前に歩いて進んでいく。頬に風を感じる。つっかけてきた外履きのサンダルの下で、ジャリジャリと一歩毎に踏みしめる砂利の感触が足の裏から敏感に響いてくる。暗闇の中で視界が無い為に、足元からの砂利を踏みしめる音だけで唯一、私が一歩づつ前に進んでいると分かる。いや、辺りが目視出来ない為に前に進んでいるのかどうかは分からないが、ともかく踏み出す脚で風を切る感覚、足裏から伝わる振動で、先刻の位置から一歩づつ移動していると分かる。
暗闇に慣れてきたせいか、頭上に小さく光る点が見える。星か。立ち止まって遠くの空を見上げる。見渡す限り周囲の全てが墨を流したような闇である。足元から目線を上げた事で、私が真っ暗闇のただ中にいる事を急激に意識する。両手を眼前に持ってくるが何も見えない。何も聴こえない。暗い。私は本当にここに存在しているのだろうか?どこまでも続くこの闇の中へ肉体は消え失せて、私の意識だけが真っ暗闇の中に残され、漂っているのを想像する。ゾクリと背筋に寒さを感じる。闇の中で、自分の存在が確かにあると分からなくなりそうで。

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