悩める社会人は見よ!映画「駒田蒸留所へようこそ」(ネタバレあり)
11月23日に広島バルト11にて映画「駒田蒸留所へようこそ」を鑑賞しました。
作品を製作したP.A.WORKSのお仕事シリーズの新作と言うのが見る動機です。
2011年の旅館を舞台にした「花咲くいろは」や2014年のアニメ制作会社を舞台にした「SHIROBAKO」・2017年の地方の観光協会を舞台にした「サクラクエスト」など仕事をテーマとした作品がP.A.WORKSのお仕事シリーズです。
このお仕事シリーズで私は「SHIROBAKO」が好きで、お仕事シリーズの新作となれば気になっていました。
前半は無気力な光太郎に苛立つものの、それが後半では見違えるようになり、気持ちよく見られるようになる。駒田家の問題も良い方向で着地して和みます。
物語のテーマであるウィスキー「KOMA」を作るのはまだこれからで終わるものの、ここまで良い未来を感じさせる「俺達の戦いはこれからだ」は他に無いでしょう。良い作品でした。
二人の主人公
今作「駒田蒸留所へようこそ」は今までのお仕事シリーズとは異なる部分があります。
それは主人公が二人居る事でしょう。
一人は駒田蒸留所の社長である、早見沙織さん演じる駒田琉生(るい)です。
もう一人が、ニュースサイトの新人記者である、小野賢章さん演じる高橋光太郎です。
今までのお仕事シリーズが、主人公が舞台となる職場に来て働き、周囲の皆と交流してトラブルを乗り越えて成長するストーリーでした。
今回は琉生が社長として経験と知識がある出来た状態で、光太郎の方が何も知らない状態になっている。
琉生がウィスキーや蒸留所についてレクチャーする案内人となり、光太郎が映画を見る側と同じように知る。と言う関係で始まる。
それが光太郎から提案するなど積極性を持ち、「KOMA」の原酒を手に入れる手助けをして琉生を大いに助けるまでになります。
何も知らない光太郎が琉生と対等のパートナーになる。
これが主人公を二人にした良い展開でした。それはこの作品のテーマと繋がるのです。
現状でどう生きるか
ベストセラーとなった渡辺和子著「置かれた場所で咲きなさい」は自分の置かれた環境でいかに前向きに生きるかを説いていました。
今回の「駒田蒸留所へようこそ」はまさに「置かれた場所で咲きない」と言える作品です。
本当は美大にも行って絵やイラストでの進路を歩みたかったであろう琉生
自分が何がしたいか分からず、置かれた環境に戸惑い転職を繰り返していた光太郎
この二人は望む世界とは違う場所に立っている。
琉生は両親が経営していた会社を倒産させまいと、美大を辞めて社長となり会社を継ぎます。そうした意味では琉生は自分の意志で社長になったとは言えますが、父親の死去と会社の危機と言う状況によって就任したとも言えます。
対して光太郎は5回目の転職でニュースサイトの記者になっている。入社して1年は過ぎているものの、仕事への向き合い方は消極的だ。
迷いながらも酒造りを成功し、駒田醸造所に設備投資をして、製造をやめていたウィスキー「KOMA」の復活を目標にしている琉生
そんな琉生の社長となってからの姿を知り、自分の書いた駒田蒸留所の記事が好評だと言う小さな成功を実感した光太郎は変わります。
酒造りやウィスキーの知識を自分で調べてから取材し、記事の企画を琉生に提案する。更に「KOMA」の原酒が残る所を教えて琉生を助けます。
ここまでの前向きな変化をした光太郎、変わる契機として上司である編集長の安元が今の仕事をするようになった経緯を語った所からです。
元々はバラエティ番組の脚本家をやりたかったが、化粧品を紹介する記事の依頼を引き受けてから記事を書く仕事が多くなり、ニュースサイトの編集長になるまで続けていたと語ります。
本当に望んだ道とは違うものの、その道を歩んで責任ある地位に着いた安元
決して誰もが望んで今の居場所や仕事・地位にある訳では無いものの、その中で懸命に仕事をして今を生きている。
目的が無い自分に無気力な思いを抱えていた光太郎にとっては、目標や夢が無くても大丈夫なのだと思わせる事が出来たのだと思います。
それが今の仕事を頑張るのだと光太郎にやる気を引き出したと言えます。
結果は時間がかかる
作中で語られるようにウィスキーは製品として出せるまでに時間がかかる。最低でも3年であり10年も時を費やす場合もある。
この結果が出るまで時間がかかるはウィスキー業界の特殊性を見せるだけではなく、琉生や光太郎の置かれた状況そのものだ。
すぐに結果は出ない、頑張った先の結果は長い時間の先にある。
これをウィスキー作りに準えて本作では語られています。
琉生がクラフトウィスキー「わかば」を完成させて駒田蒸留場を盛り返し、光太郎が作品のラストで後輩を持って指導できるようになるまでの年月
そのどれもが短くはない。
パンフレットで脚本家の仲本宗応さんと、監督の吉原正行氏は、素質があり、頑張れば良いところまで登りそうな若者が途中で辞めてしまうのを残念に思い、そんな若者へエールを送る作品として作ったとインタビューで語られている。
これは若者へ頑張れと言う熱血な思いよりも、「もう少し今を見直して、頑張ってみようよ」とソフトな呼びかけに思える。
だからこそ、どの道を歩んでも望む方向へ行けるとする台詞もある。
だから「駒田蒸留所へようこそ」は「置かれた場所で咲きなさい」なのである。
こう書くと、説教臭い作品かとなるとそうではない。
かと言って「花咲くいろは」や「SHIROBAKO」のように仕事のトラブルや人間関係で大きな展開が繰り返される作品では無い。
琉生と光太郎の葛藤と、琉生の家族が修復するまでをじっくりと味わう作品です。
酒で例えれば、「SHIROBAKO」はストレートに呑むビールで、「駒田蒸留所へようこそ」はまさにウィスキーのごとく、ゆっくりと呑み口に広がる味を楽しむ作品と言えます。
「駒田蒸留所へようこそ」はまさに私をのような働く社会人にとって刺さる作品でした。