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officeソフトが使えないんだが?の話。

履歴書にこう書いてきた。
『Word、Excelは基本的な操作が可能です』
特に資格を取ったり検定を受けた訳ではない。資格欄の末尾にそっと添えている一文である。サンドイッチのパセリの如く。

実際にWordは学生時代から随分お世話になってきたし、Excelだって職業訓練で3カ月くらい習った。関数も覚えた。
……はずだった。
オチは見えてきただろう。
使わなければ、知識なんて忘れていくのだ。体に叩き込んだ技術だって錆びついていくのだ。久々に寿司打(ご存じタイピングゲーム)をやってみたらタイピングスピードがガタ落ちだった。学校で口を酸っぱくして言われた、タイピング時の正しい指のポジショニングも忘れている。
基本的な操作云々の前にこれでどうしようと思っているんだ自分は。
仕事で使えるレベルなのか、これは。厳しすぎるだろう。
愕然とした。関数の入力方法から忘れる!?え、本気か自分。一年ちょっとだぞ。
文章入力が辛うじてできるのは、書くことが趣味だし、そりゃ一応書き手志望としては最低限ラインだから、これすら怪しくなっていたら筆を折るかもしれない。
もしや、と思って思い返してみたら、古のオタクの技、タグ打ちも怪しくなってきていた。最早#name1#しかわからないのではないかと不安に駆られる。この辺はまあoffice系アプリで使用しないから、自分の満足感とかそういう話になってくるのだろうが。

正直、介護現場でofficeが必要なのかと言えば、現場による、としか言えない。事故報告書、会議議事録、各種届出に計画書、アセスメント。場合によっては手書きだし、事業所ごとにWordだったりExcelだったり入り乱れている。過去一度だけ、引き継いだ書類を開こうとしたら一太郎だったことがある。何故。施設内に複数あるパソコンのなかで何故そこに一太郎がインストールされていたのか、それすら謎。因みに一太郎で書類を作っていた過去の上司はWordでも同様の書類を作っていた。引継ぎと同時にWordで雛形を統一したが、本当に何故だ。今、思い出して、改めて思った。一太郎は日本語入力の味方だけどさ……。

ここに来て私は、自分の履歴書のパセリを見つめ直すことになったわけだ。
これを除くか、鮮度を取り戻すか。である。
答えは明白だった。取り除くとどうなるか。味気ない。それが私の履歴書。
鮮度を取り戻せ。しかしどうやって。
古来より、目的がガチガチに堅いより俗物的な方が知識は身につけやすいとされている。オタクが何か色々雑学や特定分野に特化しているのだって、好きこそものの上手なれってことわざがあるくらいだし、そういうことだろう。
何年か前に一回だけ受験した社労士試験のテキストを必死に読んだのも、つい最近失業したらどうなるのかとか、傷病手当についてだとか、そういうのが気になって眠れない時である。
知識は身を助けるというが、人間確かに自分にとってそれが必要だと思えばなんだって調べるもんだな、と思った。

だからExcelだって何か目的があればいいんだ。目的。目的とは。
Excelを普段使いするって、ハードル高いな?家計簿つけるとか?日常的に関数が必要になるってどんな家計簿なんだろう。想像もできなかった。
時が来たら覚えよう……。
覚えないだろうなあとか頭の片隅で冷静に呟く自分の姿が見えるようだった。
必要になったら買おうとするのがパセリである。常備菜ではないのだ。

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