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一撃一冊‼️その4

過去に読んだ本、又は現在読んでいる本の中で特に心に刺さった本を不定期でご紹介。

武田泰淳『富士』

太平洋戦争末期、富士山麓に建つ精神病院を舞台に、若き研修医大島の苦悩を描く回想形式による長編小説である。

大島の苦悩は大きく分けて2つある。

1つは「皇軍に精神病者はいない」という戦前の軍国主義思想を元に精神患者を一人でも戦地に送ろうとする憲兵からの追及をかわして、入院している精神患者を守る事。

そしてもう1つは「異常なまでの拘泥」と「無限に広がる妄想癖」を持つ様々な精神患者を前に、精神医として優しい態度を持って接するモチベーションをどうやって保てるかという事である。

大島は自身が尊敬する院長との対話や精神患者との対話を通じて、院内に巻き起こる様々な紛争を経験した先に少しずつ精神医として成長してゆく。

だが、自らを「宮様」と信じて疑わない虚妄癖の一条が起こす突飛な行動により、一枚岩であった筈の精神病院自体の秩序が徐々に崩れていく………。

小説後半の精神病院の秩序その物が崩壊した場面は村田沙耶香女史の『コンビニ人間』のように「何が正常で何が異常なのか?」「普通とは何か?」という事を深く考えさせられた。

私自身、精神障害を持つ1人息子がいるが、「異常なまでの拘泥」は本書に登場する精神患者と共通する部分もある。
精神患者に対する接し方に苦悩する大島の心中は現在で言えば、程度の差はあれどデイサービスのスタッフの方々にそのまま当てはまるのではないだろうか?

しかし、例え「障害」と世間から認識されても障害者の持つその心はピュアその物である。

精神の障害とは脳自体に障害を持っているとされているが、世の中を見渡せば脳が正常である代わりに心に障害を持つ人間が何と多い事かと辟易するのは果たして私だけだろうか?

村田女史の『コンビニ人間』が読者に対して「普通とは何か?」と問いかけた事を武田泰淳は40年も前にその事を読者に問うたという事実を目の前にして、武田の持つ恐るべき慧眼に只々、驚愕してしまうばかりである。


最後までお読み頂き有り難うございました。 いつも拙い頭で暗中模索し、徒手空拳で書いています。皆様からのご意見・ご感想を頂けると嬉しいです。