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空を飛びたかったペンギンたちへ

私はずっと空を見ています。この空を自由に飛べたらなあと。
そしてこれからも空を目指していくつもりです。

はじめまして、はらまきと申します。私は建築やデザインで生き方や暮らし方を模索している人間です。今回は歩き方がペンギンに似ているとよく言われている私が彼にたとえ、人間の向き不向きという話について書こうと思います。

仕事などをやる時に必ず感じる向き不向き。身長や運動能力、顔の形、ものごとの考え方が違っているのと同様に、これ自体は人間にとって必ずあると思います。向いていることをやった方が成果が出た!なんて話はよくありますよね。

人間にも向き不向きということがたくさんあります。ですが私はセンスだの才能だのそういった類の話が大嫌いです。それは大学の頃にある教授に言われた

『センスがない人はデザインはやめておけ。』

という言葉にあります。その言葉を聞いた瞬間に何故か怒りを覚えながら、妙に納得した自分がいました。それがどうしようもなく悔しくて、泣こうにもその事実に納得してしまい涙さえ出ませんでした。そのことを今でも覚えています。

その時私は気づきました。私がやりたいことは「向いていないこと」に。
自分は「やりたいこと」と「向いていること」がズレていることを『気づいてしまった』人間だというとこです。『気づかない』ままだったらそれが何かもわからないままなので、幸せだったのかもしれません。しかし『気づいてしまった』ため、向こう側から選ぶべき道が否応なしに来てしまい、向かうべき2つの選択を余儀なくされてしまいました。

「やりたいこと」に進むのか、「向いていること」に進むのか。

ペンギンだって同じです。
ペンギンには海の中を泳ぐための羽はありますが、自由に空を飛ぶための羽は持っていません。ペンギンにとって空で生きるのではなく、海で生きることが『普通』なのです。空を飛ぶことを目指したペンギンにもこのような道が訪れたのではないかと考えました。空と海のどちらを進むのかと。

多くの人がこのジレンマで、もがいているんじゃないでしょうか。

空を飛びたかったペンギンたちへ、全ての人に捧げます。
たとえ自由に羽ばたけなくとも、目指しているのであれば空を目指しましょう。

向いていることではない、自分の進むべき道ではないと心で感じていても、死ぬほどやりたいのであれば、それを必ずやりましょう。いや、やるべきなんです。飛べなくてもいいんです。死ぬほどやりたいことならば、それが何も成し遂げることが出来ずに死んだとしても、心は本望でしょう。それが「死ぬほどやりたい」ということです。

『本気』で目指しているのであれば。

もし、どうしても空を目指せないのであれば、あなたの自由に泳げる海がどこかにあります。探し続け見つけ出せたのなら、そこで泳いでもいいんです。時間はかかるでしょう。それでもその海をいつまでも探し続けましょう。その海はあなたが来るのを心より待ち侘びています。

それもこれもどちらも正しい道です。

この選択が良かったのかは未だ分かりませんが、私は空を目指してしまいました。顔を上げて上を向けばとてつもなく広く遠い世界が見えます。
自信なんかこれっぽっちもありません。とても怖いです。
それでも何度でも顔を上げ、飛べずとも、もがきながら、この生きづらい世の中で必死に羽ばたいこうと思います。

読んで頂き、ありがとうございました。

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