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ミニマリズムとわたし(デメリット)

これが3本目のノートです。

どうもこんにちは。30歳の全力少年です。 今回は、ミニマリズムのデメリットについて書いてみます。 

いきなりデメリットかよ!というツッコミがありそうなんですが・・・。

なんせ、全然メリットの紹介をしていませんから。でも、ある種の豊かな人生にするためのライフスタイルとしてのミニマリズム(Less is more.)の良い側面ばかり前面に出ている気がするので、ミニマリスト一個人として、主観的にまずはデメリットから記事にしたいと思いました。特に特定のミニマリストの方を否定するつもりもありませんし、あくまで個人的に感じたデメリットという理解でお読みください。

ちなみにしばらくカテゴリー別で記事を出し続ける予定です。しばらくはミニマリズムに特化した内容を記事にしていこうと思います。


デメリットは端的に言うと、人間関係に影響を与える可能性があるということです。2つの側面から例を出して説明したいと思います。


一つ目:ものに対する執着のなさが、人間関係にも影響し、人間関係すらも断○離の対象として見てしまう


*3文字の言葉は商標登録か何かがあるということで、一応伏字にしておきました。

ものに対する執着がなくなることをメリットと考える方は多いと思います。実際にメリットとして機能することも多いです。 そのおかげで、部屋はすっきりしますから。ただその反面、断○離に慣れて、捨てることへのハードルが下がると、それが習慣になります。そして、これが物理的な物だけで収まるのならいいのですが、残念ながらそうはいかず、人間関係を中心に目に見えないところにまで影響を及ぼします。


わたしの場合、人間関係は以前は「来るもの拒まず、去るもの追わず」のスタイルでした。 昔から友達が多いというわけではありませんでしたが、性格的には全力少年(実年齢)でしたので、ある一定層のコアなファンというか、親友と呼べる友達もいました。それ以外には敵対視されたり、結構KY的な感じだったと思います。KYの空気感は自分でも自覚していましたが。。。

わたしはある意味自分がKYで、友達が多くないタイプという自覚はありましたが、それでも自分の考えとして曲げたくないところは曲げないという、結構自我が強いタイプの人間です。

とは言ったものの、誰かに嫌われるのは好きか嫌かでいったら、もちろん嫌ですし、できることならいい人間関係を作りたいと思っていました。これはみなさんのうちの大多数も同じじゃないでしょうか。


世の中には色々な人間がいるもので、明らかに見てわかるクレイジーな人間はともかく、一般市民の皮をかぶったとんでもない奴も社会には紛れ込んでいるものです。生きていく上で、そういった色々な人間と多かれ少なかれ接しなければならないですよね。

ミニマリズムを取り入れてから、仕事の人間関係においては、一緒に働きにくいと思う相手とは、ただの仕事の関係としてだけ考え、それ以外はある意味関係を断○離し、また、友人であった仲でも、しばらく連絡を取らなかったら、もう会う機会はないと思って、ラインの友達を非表示にしたり、自分の中で、友達というランクを下げ、知り合いとして見なしているような感覚です。

それで実際に自分の元を去っていく人間がいても、何も思わなくなりつつあります。自分は自分、他人は他人と思い、素の自分、ありのままの自分でいるということに若干酔っているのかもしれません。これは確かに人間関係で悩むことは減るという意味で、メリットといえばメリットですが、人は1人では生きていけないですし、人間関係の断○離とは、人間関係に優劣をつけるということですから、自分が同じことをされたらわたしはあまりいい気持ちはしません。

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また、いわゆる成功者と定義される起業家の方々やメディア露出の激しい方々は、友達なんかいらない、自分の気持ちに従えばいいとよく言っています。


わたしもそれは自分の人生を充実させるという意味で、正しいと思いますが、そんな簡単に割り切れないのが人間というもの。しかし、ミニマリストになってから、人間関係、もの全般に対しての執着が弱くなり、必要ないと思ったら、捨ててしまう、すなわち人間関係においても他者との比較、他者との交わりの中での自分ではなく、自分を絶対的な存在として、その判断で全て決めるという考えにわたしは事実なりつつあり、自分を承認してくれるような他者以外との関わりができなくなるのでは、と感じています。

実のところ、わたしは敵というかアンチの人たちとの関わりで、時々バチバチにやりあうことがあってもいいと思っています。何かしら学ぶチャンスになるでしょうし、自分の揺るがない根拠や考えがあるなら、お互いにそれを主張してもいいでしょう。もちろん大人としてのマナーは守った上での話ですが。

あ、ちなみにわたしは結構反論するタイプの人間です汗。理詰めできるように準備もします。自分の周りが全て承認しかしない人なら、なんかちょっと刺激が足りないな〜なんて思ったりもします。


実際にこのデメリットはわたしの経験です。まあわたしは後悔していませんし、自分が絶対的な存在としているので、自分のやりたいことに全力でフォーカスできているのも事実ですから、今後もこのスタンスは変わらないと思います。ただ、自分に対して批判的な意見を言ってくる人間に対して、結構やりあうタイプでもありますが。。。

これを読んでいる皆さんで、ミニマリストではない方、あるいはミニマリズムに影響を受けつつある方々がいらっしゃれば、人間関係における上記のようなデメリットもあるということを考えてみるといいかもしれません。


二つ目:価値観の共有が難しい


ぶっちゃけミニマリストを名乗っている方々って、独身の人が多くないですか。

これはわたしの偏見かもしれませんが、わたしは独身率の高さは、ミニマリズムという価値観の共有が、そうでない人とは難しいからだと感じています。


というのも、世の中には物に囲まれていたい人や、いつか使うから、という理由で物を捨てずにいる人もたくさんいます。あ、ちなみにその良し悪しについて言及するつもりはありませんし、ミニマリストが絶対的に正しいとも思っていません。誤解のないように。


前回の記事でも書きましたが、わたしの理解として、そもそもミニマリズムとは物を捨てるだけではなく、空間的なスペース→心理的なスペースと作用するものであり、ある意味物がいっぱいで窮屈な感じがしている=現状にいっぱいいっぱいであるということです。逆に物が多くてもなんとも思っていない人は、現状にまだ余裕があるということで、ミニマリズムを取り入れる必要はないと思います。 

また、同じく前述した通り、物の多さは量的な定義はできないので、ものの多い、少ないというのは結局全て主観的な判断になり、その価値観を共有することは難しいと思っています。

一緒に生活するパートナーが、もう使っていないからという理由で思い出の品やお土産などどんどん捨てたら嫌に思う人も多いでしょう。

ミニマリストを突き詰めれば突き詰めるほど、その価値観を共有できるパートナー探しは難しくなると思います。


ちなみにわたしが最近以下のものを断○離しました。

・会社にいただいたマグカップ

・お土産のキーホルダー

別に場所は取らないので、持っておいてもいいんですが、使わないものを置いておくのもなんか気持ち悪いので・・・


「あー、これどうしよう」と考えてしまったら、わたしにとっての捨て時です。

これはわたしの価値観になっており、もったいない、とか、せっかくのプレゼントなのにという意見もあると承知しています。

この価値観を共有してくれる人は、いわゆるミニマリストではない人なら、ちょっと難しいと思います。

まあ、その結果わたしは現在も独身なんですが。



いかがでしたでしょうか。

今回はミニマリズムのデメリットについてちょっと書いてみました。

ミニマリストの方もそうでない方も、ぜひ色々ご意見いただけると嬉しいです。

ではまた。

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