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本気DXでもDXごっこでもない第3の道


DXブームの現況

近年、多くの日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みを積極的に進めてきました。古くはSNSやスマートフォンの普及が進んだ2010年前後から様々な領域でデジタル化が進み、2018年に経済産業省が発信した最初のDXレポートをきっかけにDXという言葉が広く浸透しました。その後、2020年の新型コロナウイルスの世界的流行がDXの取り組みを半ば強制的に加速させ、ある種の「DXブーム」を生み出しました。

しかし、ブームの開始から数年が経過した今日でも、多くの企業は初歩的な段階に留まっているのが実情です。全社的な大規模プロジェクトを展開してみても、ビジネスモデルや組織の本質的な変革、そして新たな価値の創出には至らないことが多いのです。

最近では、様々なメディアで「DXブームは既に終焉を迎えた」「DXによる成果は見られない」といった論調が目立つようになりました。また一部では「DXで利益を得たのはコンサルティング会社やAIベンダーだけ」という批判すら聞かれます。私自身、数多くの企業のDXを支援した経験もあるため、個人的にもなかなか耳の痛い話です。


DXは広範囲にわたる変革

DXは、デジタル技術を用いて製品、サービス、そしてビジネスプロセス全体を刷新し、新たな価値を生み出す取り組みです。その過程では、顧客やビジネスパートナーを含む広範なバリューチェーン全体を俯瞰し、新しいビジネスを立ち上げたり、業務プロセスを根本から変えたりすることにチャレンジします。

これは、DX以前のIT活用が、企業内部の業務効率化やコスト削減にフォーカスしていたこととは一線を画しています。つまりDXは、従来のIT化を超え、企業のビジネスモデルやエコシステムそのものを根底から変革する取り組みなのです。

このような広範囲にわたる変革は、個々の部門やIT部門だけの努力では実現できません。経営層が自ら変革の先頭に立ち、組織全体を動員することが必要なのです。


表面的な「DXごっこ」

一方で現実を見ると、DXブームの盛り上がりの中では、単に便利なITソリューションを導入することが「手軽なDX」として市場に出回ることもありました。確かに、これらのソリューションの中には、適切に活用すれば高いコストパフォーマンスを実現できるものもあります。しかし多くの場合、その効果は既存ビジネス内での改善に留まります。すなわち、上述した「広範囲にわたる変革」としてのDXとは大きく異なるのです。

ところが、事業部門やIT部門からすると、このような便利なITソリューションは、短期間で取り組みの成果を出して上層部に報告するためには都合の良い施策として、魅力的に見えることが少なくありません。そのため一部のIT企業は、DXブームを乗ってこのようなソリューションを積極的に提案してきましたし、実際にそれらがよく売れていた時期もありました。

言い換えると、経営陣が求める成果を早く示したい現場のニーズと、市場の波に乗じてソリューションを提供したいIT企業の狙いが合致し、本来のDXが担うべき姿とは異なる「表層的なDXごっこ」が広がってしまったのです。


トップ主導の「本気DX」

もちろん、既存ビジネスの枠組みの中で小さな改善をいくら積み上げても、本来目指していたような変革には至りません。やはり、経営層がリーダーシップを示し、取り組みを進めることが求められるのです。それこそ、必要であれば自社のコアビジネスを根底から見直し、時にはそれを自ら破壊する覚悟を持って組織全体で取り組むこと、すなわち「全社一丸となった本気の取り組み」が必要なのです。

過去、多くの大手コンサルティング会社が、経営層に対して、このような「経営トップ主導での本気DX」の必要性を訴えました。そして、その提案に賛同した経営層は、DXを重要な転換点と捉え、大胆な投資を決断しました。それらは社運をかけた全社横断の大きなプロジェクトとなり、企業の新しい未来を作る取り組みとして期待を背負って進められたのです。

しかし、経営トップの下、有力なコンサルティング会社が強力な支援を行って壮大なDX戦略を策定した場合でも、実行フェーズにおいて理想と現実のギャップに直面したり、現場がその戦略を十分に消化できなかったりするなど、大抵は困難に直面してしまいます。結果的に、投入した資金やリソースに見合う当初期待していた成果を得ることはできていないのです。


第3の道

以上で見てきた通り、「DXごっこ」では根本的な競争力の向上にならないのはもちろんのこと、仮に「本気DX」に取り組んでも大きな障壁をなかなか越えられないのです。では一体、企業はどのようにDXに取り組むべきなのでしょうか。

理想論の1つは「成功するまで本気DXに全力投入を続ける」というものです。実際にそれを信じて取り組みを続けている企業もありますし、例えばファーストリテイリングなど、類稀なるリーダーシップによって素晴らしい成功を収めつつある企業もあります。しかしDX以外にも様々な経営課題を抱えた多くの企業にとっては、成果が出るまで本気DXに全力投入を続けるということは非常に難しいでしょう。

実はここに、「本気DX」でも「DXごっこ」でもない第3の道があります。それは、当面は組織のデジタル能力を着実にレベルアップさせていくことを目指す「DXの経験値稼ぎ」です。小規模なデジタル化プロジェクトから始め、短期間に数多くの案件を積み重ねることでデジタルに関する学びを得て、組織としてレベルアップしていこうとするアプローチです。

「DXの経験値稼ぎ」は、本気DXでもDXごっこでもない第3の道となる

私はこれを、昔のドラクエのようなRPG(ロールプレイングゲーム)に例えて説明することがあります。「本気DX」はいわば、いつかは倒さないといけない強大なボス、大魔王のような存在です。RPGにおいては、主人公のレベルが低い段階で、いきなり大魔王の城に向かってはいけません。そんなことをしても全滅してしまうだけです。仮に、誰かが伝説の武器や防具を揃えてくれて、強力な仲間キャラを集めてくれたとしても、主人公のレベルが低ければ勝てないのです。

大魔王の城に向かいながら、できるだけゆっくりと回り道をして、主人公を少しずつレベルアップしていく、という方法もありますが、かえって手間がかかります。最も効率が良い方法は、一見すると大魔王とは何の関係もないような周囲の雑魚敵と何度も戦い、経験値を稼いでお金を貯めることです。その際には、主人公が勝てる範囲のレベルで、経験値が多く稼げる相手と戦うのがベストです。結局のところ、それが最短の時間で主人公をレベルアップさせ、強大なボスに挑戦できるようになるための最適な方法なのです。

話をDXに戻しましょう。トップ主導で大きなDXプロジェクトを立ち上げてきた企業は、組織としてのデジタルの経験値が足りない段階で、いきなり全力で「本気DX」に取り組んでしまっていることが多いのです。

先程述べた第3の道、「経験値稼ぎ」のことを考えると、本気DXに取り組む前に、最初は小さなデジタル化案件を効率よく積み重ね、組織としての経験値を稼ぐべきなのです。案件を重ねるごとにチームのレベルが上がり、それに応じて徐々にプロジェクトの難易度を上げていけば、レベルアップが更に加速し、やがては大きな変革にも立ち向かえるようになります。つまり、「DXの経験値稼ぎ」は、理想と現実のギャップを埋め、小さな成功を積み重ねながら持続可能な成長を目指すアプローチなのです。

実は今回のテーマは、DXに限らず、経営レベルで考えるべき大きな取り組み、例えば海外進出やM&Aなどについてもそのまま当てはまる話です。海外進出の経験がない企業が「社運をかけた米国への本格進出」をしたり、M&Aに慣れていない企業が「資金調達を伴う大型M&A」をしたりすると、確実に大失敗します。最初は手頃な案件を繰り返し、大小様々な困難を乗り越えることで経験値が溜まり、組織としてのレベルが高まり、大きな案件にもチャレンジできるようになる、それは海外進出でもM&AでもDXでも全く同じなのです。


結論:まずは経験値稼ぎに取り組もう

デジタル活用が企業の命運を左右する現代において、組織としてのデジタル能力を高めることは、競争力の源泉になります。DXブームの高まりを受けて「一気に変革を実現し、勝負を決めたい」と焦る気持ちは自然ですが、結局のところ、レベルが高まっていない段階でいきなり全力投入しても、失敗するだけです。

だからこそ、DXを一朝一夕で捉えるのではなく、小さな一歩から始まる長い旅路と考えましょう。自社のレベルに合わせたデジタル化案件の経験を積み重ね、デジタルに関する組織のレベルを高めていく道が正解なのです。

まずは経験を積み重ね、レベルアップを図るべき


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