【連載小説】ライトブルー・バード<6>sideカエデ②
↓前回までのお話です。
(あ…ここは…私の夢の中だ)
人は眠りの中で夢を夢と思わずに夢を見るが、何かの拍子で稀に気づいてしまうこともある。 カエデは今まさにその状態だった。
「…リュウヘイ」
カエデの目の前にいるのは小学生時代のリュウヘイ。2人の妹たちも一緒だ。3人の周りにはオモチャの皿やスプーン…。どうやらままごとの最中らしい。
「カエデもこっちに来いよ。一緒に遊ぼうぜ!!」
カエデには3歳年上の兄がいるが、一緒に遊んだ記憶がほとんどない。異性同士だから仕方がないのかもしれないが、付いて行こうとするといつも邪魔者扱いされ、その度にカエデはベソをかいていた。
そんな時、いつも手招きしてくれたリュウヘイ…。
中には、ままごと遊びをしているリュウヘイをからかう男子もいたが、カエデが覚えている限り、彼がその挑発に乗ったことはない。
「しょうがねーだろ。 俺はかーちゃんから頼まれているんだし。放っておいてコイツらに何かあったらどーすんだよ!?」
からかいに動じず、真っ直ぐ主張するリュウヘイに、ほとんどの相手は言い返すことが出来なかった。
見かねたカエデが一度「自分が妹たちを見ているから、野球に交ざってきたら?」と提案したこともあったが、今度は『男役』がいなくなるのを嫌がった妹たちに必死で引き留められてしまう始末…。
「しょーがねーなー」
リュウヘイは指で鼻の頭をこすりながら苦笑いをした。
(そうだ…私はこの頃からリュウヘイのことが好きだったっけ…)
現実のカエデの思考が夢との間を行き来する。
次の瞬間、幼かったリュウヘイが現在の姿に変わり、妹たちはいつの間にかいなくなってしまった。夢の中とはいえ、大好きな人と2人きりになってしまったカエデはドキドキしてしまう。
(…キス…しちゃおうかな)
この大胆な思考は現実なのか、はたまた夢によるものかは分からないが、カエデはリュウヘイの頬に両手を伸ばした…
…が、
(えいっ!!)
急に気が変わったカエデはそのままリュウヘイの両頬を思い切り横に引っ張る。
(リュウヘイのバカバカバカ!!自分だけ好きな子作って、私をおいてにぼりにして!!一体どこの誰なのよ!?)
恋心より嫉妬の感情が勝ってしまったカエデは、そのままリュウヘイの両頬をつねり続けた。
「カ、カエデ…痛い」
夢の中のリュウヘイがカエデに訴えたがそんなのは無視だ。
(ふーんだっ!!)
「だから痛いって言ってんだろっ!! 急に何すんだよ!? お前!!」
(…えっ?)
別の場所からハッキリと聞こえた声でカエデは完全に目を覚ました。
「……えっ?えっ?え?何?」
目の前には何故か制服姿のリュウヘイがいる。カエデが両頬を引っ張っていたのは、夢ではなく本体(?)の方だったらしい。
ガバッと上半身を起こしたカエデは慌てて記憶の糸をたぐりよせ、『今日は体調不良で学校を休んでいた』ということを思い出す。しかし自分の部屋にリュウヘイがいるという謎だけは解けぬままだ。
「…ったく…何なんだよ…寝ぼけやがって」
「いやいやいやいやいや… ちょっと待って!!『何なんだよ?』はこっちのセリフだよね? 何でリュウヘイが私の部屋にいるワケ!!??」
「俺は断ったんだからね!!何回も遠慮したんだからね!!!」
「い、意味わかんない!!」
「俺はオマエの担任から頼まれたモノを届けに来たの。そしたらオバサンが『美味しいケーキあるから食べていけ』って言うから…」
「…えっ?」
確かに部屋のテーブルには紅茶と食べかけのケーキがあった。だからと言って年頃の娘が眠っている部屋に異性のリュウヘイを通すのはどうかと思うのだが…。
(確かにリュウヘイの顔は幼いけど、一応男子なんだから、その辺解ってよ…)
頭を抱えてまうカエデ。彼女の母親はリュウヘイを自分の子供のように可愛がっているので、その辺りが麻痺しているのかもしれない。
「…分かった。解らないけど分かった。でもねリュウヘイ、私もう一つ言いたいことがある。アンタ今…人の寝顔を覗いていたよね!? 何やってんのよ!!このエロガキ!!」
「エロガ…!? いやいやいやいや…今度はオマエがちょっと待て!! 俺が側に寄ったのはカエデが俺の名前を呼んだからなんだけど!?」
「…え?」
その途端、カエデの顔が真っ赤になった。思い当たる節しかないが、ここはしらを切り通すしかない。
「よ、呼んでない!」
「呼んだ!」
「だから呼んでない!!」
「いいや、呼んだの!!」
「呼・ん・で・ない!!!」
ヒートアップする2人。…が、しばらくして我に返ったリュウヘイが「ストップ!!」と言ってカエデを制止させた。
「…やめようぜ。またオマエの熱か上がっちまうよ」
「うん、そうだね」
するとリュウヘイはテーブルに手を伸ばし、自分が使っているフォークでイチゴを刺すと、それをカエデの口まで持ってきた。
「ほら、これでも食って栄養取れよ。はーい口あけて」
「…………?」
反射的にイチゴをまるごとパクっと口に入れてしまったカエデ。その瞬間、口の中にじわぁ~っと優しい甘味が広がった。
「おいひ~い♥️」
「だろ? …って俺がどや顔すんのも変だけど。それにしてもオマエ、イチゴ与えとけば大人しくなるのは昔から変わってねーな」
「ふ~んだ。何とでも言いなさいよ」
そんなカエデを見て目を細めていたリュウヘイだが、急に真顔になり、言いにくそうな口調で「あのさ…」と話しを始めた。
「…オバサンが『最近のカエデはなんか元気がない』って言ってたんだけど…その…もしかしてアイツらが原因? オマエのグループの板倉ナナエとあとの2人…」
「えっ…?」
「なあカエデ、アイツらのことで、俺に隠していることはない? いや、あるよね?」
「…………」
「もっとヒドイこと言われてんじゃないの?俺に言いたくない? 俺じゃ頼りにならない?」
「…そんなことないよ、…ただ言ってないことは結構ある。でもそれはリュウヘイが頼りにならないからじゃなくて、私の口がそれを言葉にするのを拒否してるの。そう、なんか…下衆過ぎて…」
カエデはベッドの上で膝を抱えた。
「………」
「それにね、私が今こんな状態なのはリュウヘイのせいじゃないんだ。どっちにしろ私はグループ内でこうなる運命だったと思う。ナナエは私がサトシを紹介してくれないことにイライラしているし、ミサとアサミは自分達にナナエの矛先が向かないように、私の立ち位置を利用して絶妙にコントロールしている。リュウヘイと家が隣同士じゃなくても、あの子たちは私をいじる『ネタ』を探したハズだよ」
リュウヘイの表情がが変わる。今まで見たこともないような険しい顔だ。
「俺はバカだけど、ガキの頃は口喧嘩にはほとんど負けたことがなかったな。最後まで自分の主張押し通せば良かったから。でも、今は難しい」
「あの子たちに『正論』は通じないよ。そんなもの最初から聞くつもりなんてないし…」
「俺に…出来ること…何もないな」
「…あるよ」
「えっ?」
予想外の返答にリュウヘイは目を丸くする。
「リュウヘイ、あのね…」
ズット ワタシノ ソバニ イルッテ ヤクソクシテ…。
続きは心の中で呟いた。「そうすれば私はあと1年半頑張れる」と思いながら…。
しかし、その願いはそっと心の奥にしまいこみ、代わりに別の言葉を口にする。
「あのね…この前のストロベリークリームパイをまた買ってきて」
「はっ?何だよソレ? 」
苦笑いをするリュウヘイ
「イチゴのお菓子食べれば元気でるから」
「おう、だったら10個でも20個でも買ってきてやるぞ」
「20個はいらない」
「俺も20個買う金はない」
2人は顔を見合わせて笑った。
「…リュウヘイ、こう見えても私、これからのことは色々考えているよ。だからリュウヘイはそんなに心配しないで」
「おう、でもツラい時はちゃんと言えよ」
リュウヘイはカエデの頭をポンポンと優しく叩いた。
(あっ…昨日髪を洗っていないや)
一瞬慌てたカエデだが、開き直ってこの状況に甘えることに決めた。ところでリュウヘイは知っているのだろうか…。年頃の女の子はそう簡単に異性に髪を触らせることはない…ということを。
「んじゃ、俺帰るわ。少しは元気になって良かったよ」
「うん、今日はありがとう」
「それからさ、カエデ…あの…俺がお前の部屋に入るのは今日で最後な…その…俺も一応男だから」
そう言いながら部屋をでるリュウヘイ。指で鼻の頭をこする癖は相変わらずだが、頬が少し赤くなっているように見えたのは気のせいだろうか…。
「…………」
部屋に一人残されたカエデはそのまま固まってしまった。リュウヘイがあんなことを言うなんてかなりびっくりだ。そしてその言葉によって無邪気な子供時代が完全に終わったことをカエデは改めて感じた。
(ちょっと寂しいな…でも仕方がない)
だったらあの夢から覚めた瞬間、寝ぼけた勢い(?)でキスでもしておけば自分たちは何か変わったのだろうか…?
(なーんてね。ないない)
肩をすくめてクスクス笑うカエデの目に空になったケーキ皿が目に入った。ケーキはリュウヘイがしっかり完食している。
(…あれ?)
そういえば、さっき自分が口にしたイチゴを刺したのはそれまでリュウヘイが使っていたフォーク…。
(えっ?えっ?えっ?えっ?えっ?えっ?…こ、これって関節キ…)
カエデが重大なことに気づいたタイミングで、母親が食器を下げる為に部屋へ入ってきた。
「あら、カエデ、顔が赤いけど、また熱が出た?」
「………えっ?」
山田カエデ…再び熱が上がったために翌日の学校も欠席。星名リュウヘイが原因かどうかは永遠の謎。
<7>↓に続きます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?